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約 束
第二話〜隆成の一日・午前編
〜 time of mild in the moning. a story of second〜



 午後も飽きること無く連なる教師の言葉に、少々うんざりしながらも授業を聞いていた芹さんとは対照的に、俺はというと完全に睡魔の誘いに乗り、机の上に 潰れていた。終了のチャイムと同時に起き、ぐっと伸びをする。
 当然、授業が終わればアフタースクール、何をしようが個人の自由だ。俺はちゃっちゃと帰る用意をすまし、机を立とうとする。
 「今日も部活?」
 同じく用意を終えた芹さんが声を掛けてくる。彼女も帰り支度をし終え、席を立ったばかりのようだった。手提げタイプのバッグを両手で持ち、俺の机の横に 立つ。
 「ああ、部活自体は二時間ぐらいだ」
 「部活自体は?」
 「今描いてる絵を早く完成させたいから、最近は居残りで時間つかってる」
 「お偉いことで」
 クスクスと笑う。結構可愛らしい。
 「部活でも唯ちゃんと仲良くやってるんでしょ?もう恋人?キスぐらいしたの?」
 いかなりな発言に、立ち上がろうとした側から、思わず机に突っ伏した。……今朝からこんな話題ばっかりだ。今日は厄日か?
 「どうしてそういう話になるんだよ」
 「だってなんか、唯ちゃんと霧島君、朝からぎこちないって言うか、雰囲気が違うんだよね〜」
 ケータといい、芹さんといい、なんでこんなに鋭いんだ?
 「……恋人じゃないよ」
 今は。将来的にはどうか分からないが……これからどうするか何てのは絵を完成させるまでに決めれば良い。
 俺は椅子を机の下へと押し、教室の黒板横にあるスライドドアへと向かい、歩く。芹さんもそれに倣うように、俺の後に続いた。
 「でも何かあったんでしょ?」
 何かあったが、それをここで言う必要はない。
 「いや、芹さんには関係無いし。」
 「まぁ、長い付き合いだもの、何と無く予想はつくけどね」
 教室の扉をくぐり廊下に出ると、やはり授業が全て終了の時間とあってか、家に帰る者、部活に出る者、職員室、図書室など、各種教室へ向かう者、様々な生 徒で賑わっていた。中には廊下で立ち話をする者もいて、ただでさえ狭い廊下を渋滞、通行止めへと無意識の内に追い込んでいる者もいる。
 「そういう芹さんはどうなんだよ?」
 人混みを押すことはせず、流れに乗り、時に隙間を縫うように進みながら、後ろを伺い、芹さんに話しかけた。
 「なにが〜?」
 「ケータとは上手くいってるの?」
 これは最近になって知ったことだが、一ヶ月ほど前から、ケータと芹さんは一般的にいう、恋人関係になったそうだ。
 芹さんが中学の頃からケータに思いを寄せていたことは、やはり俺も中学の頃から知っていた。しかしケータはというと、他人に関しては恐ろしく鋭いが、自 分のこととなると酷く鈍感なので、芹さんの思いが成就するには大変な時間がかかるだろうと思われたが、何をどうしたのやら。
 普段の学校生活では、そんなそぶりは互いに、一切見せることはないので、今だ周りからは腐れ縁の友達同士のように見られているが、俺や唯の前ではそんな ことはなく、二人して実に幸せそうな顔をするのだ。
 「……まぁ、それなりにはね」
 芹さんははにかんだように笑う。
 「あっ、でもあんまり人前では言わないで欲しいかも」
 「大丈夫だよ。こんだけ周りが騒がしいんだ、誰にも聞かれてないって」
 「そういう問題じゃないんだけどなぁ……」
 このあたり軽く苦笑するだけで流せる芹さんは大人だ。同時に彼女とケータの関係は、誰かに知られることで壊れる程度の関係を越え、揺らぐことのない誇りを持てる物に変化してきていることを知った。
 ……無償に羨ましい。
 昇降口の前に差し掛かり、芹さんと別れる。軽く手を振り、挨拶を交すだけの簡潔な物だが、別れ惜しむことでもなし、いたって普通だ。  俺の目的地である美術室は芸術棟と呼ばれる隔離校舎の二階の端に位置するのだが、芸術棟へは一階の渡り廊下を通過しなくてはならず、なかなか面倒だ。しかし、大半の生徒が昇降口から出ていくため、そこを越えれば人だかりはなく、特に用の無い者は来ることのない芸術棟などは、不気味なほどに静まり返っている。日が落ちたら絶対に来たくない場所だ。
 特に滞り無く美術室に着いた俺は、引き戸を開け中に入る。
 授業後、すぐに来たせいか、まだ他の美術部員は来ていないようだ。誰一人いない静かな教室が目の前に広がる。まさに美術室にふさわしく、教室横の棚という棚には数多くの彫刻が並べられ、有名な作品の模造品―――つまりレプリカが それの半数を占める。正面には沢山の棚と大きな教卓、横がやけに長い黒板があり、授業で使い消し忘れたのだろう、ボールペンでの点描の描き方の解説が残っている。カーテンを掛けられた窓が西側にあり少しだけ開けると、途端に窓からの光が室内に軌跡を描き出す。
 画版を置ける程の大きめの机に、勉強道具の詰まった手提げ型鞄を放り投げる。静かな室内に低い音が響いた。
 教卓まで近寄り、横に掛けられた鍵を取る。それを右手に握り、黒板横の扉の鍵を開ける。
 そこは美術準備室の入り口になっている。中に入ると美術室とは打って変わって、様々な物がごちゃごちゃと積み上がっている。それゆえ、多少のホコリっぽい感じはあるが、それでも掃除は行われているらしく、目に見える汚れはない。
 窓際の椅子まで移動すると、そこにあるキャンパスに掛けれた布を取り払う。その下には、俺の描いている未完の絵があった。手の中にある布を適当なところに放り出してキャンパスの前の椅子を引き、ゆっくりと腰かける。
 椅子の背持たれに体重をのせ、胸を張るような形で少し離れた視点から絵、全体を眺める。それから右手に鉛筆を持ち、描く。また少し描くと全体を眺める。それの繰り返しだ。
 淡い灰色のみで描かれた街並。立地条件が良く高台に立つ学校の窓からは、街並を少し上から覗いた形が見える。絵にも忠実に描きだせば、街並がまるで階段のように現れる。
 濃淡だけの絵。未完の絵。しかしそれは美しく、真の完成を待つ。
 絵を描いている内に、他の美術部の友人が何人か出入りして、道具を持っていった。先生が一度、訪れて、絵の進度を確認していった。学校のチャイムがなった。誰かの呼び出しの放送が流れた。
 どれもが些細なことだ。モノによってはしかしなのか、だからなのか。俺がそれらに気を回すことはなかった。それほどに俺は絵にのめり込んでいた。完成を急いでいたのかも知れない。
 何度目か、一度手を止め、背持たれに体重を預け絵の全体を眺める。と、俺はその時になって唯が斜め後ろに椅子を持ってきて座っているのに気が付いた。
 「……唯?一体、いつから……」
 同じ美術部なんだからいてもおかしくはないが……。体の向きをそのままに、首だけ動かすと、絵に向いていた唯の視線が俺の視線と向き合った。
 「ううん、今さっきだよ。部活、全体が終わったから、隆君のコト見に来たんだ。真剣に描いてたから声掛けにくくって」
 唯が柔らかく微笑んだ。それに答えるよう、俺もふっと笑って見せる。
 「気にすることはないさ。本来、俺だけが特別扱いを受ける謂われもないんだからな」
 「でも、隆君は美術部のエースなんだから、そのくらいは良いんじゃない?」
 「俺が辛いんだよ。余計な期待は重いだけだからな……ってか、美術部とか文化系クラブに、エースってのは……」
 「アリ……じゃないかな?だって隆君に憧れて入ってくる娘もいるんだよ?」
 「そんな奴いたか?」
 「綾ちゃんはそうだよ?入部した時そう言ってたの、覚えてない?」
 俺は一つ下の後輩の顔を思い浮かべた。背が低く、童顔の明るい後輩、瀬野綾は入部当初、確かにそんなことを言っていたかも知れなかった。会っていきなりに俺の名前を知っていたことはさすがに驚いたが、良い後輩である。
 「……そういや、そんなこと言ってたな……」
 「うん。だからエース」
 「エース……かぁ。悪くないかもな」
 「そうだよ?だから」
 唯が意地悪っぽく笑う。
 「この絵は最高のものに仕上げてね?」
 そんな唯の顔さえ可愛らしく見えた。
 「わかってるさ。みんなが見向くような今までの最高に仕上げて見せるさ」
 必ず唯が。そして俺が認められるような最高の物を。
 「てか、唯はどうなんだよ。コンクールに出す作品はでき上がってんのか?」
 この高校の美術部は、全員が地域のコンクール……とは名ばかりの作品展に出展することが決まっている。一人一作品。これが今のノルマだ。ちなみに俺は今描いている絵の他にも二点ほど出来上がっている絵があり、それらも出展させていただくことになっている。
 「大丈夫、大丈夫。もう出来上がったから」
 そういって唯は笑った。
 「じゃあ今度、見せてくれな?」
 「うん!!」
 時間的には昨日とさして変わらない時間だった。さっさとかたずけをして美術準備室の鍵を掛ける。もちろん唯も一緒だ。あれからはあまり捗らなかったが、それなりに有意義な時間を過ごすことが出来たように思う。すくなくとも俺にとっては。
 鍵を卓の横に返し、室内を見回し鞄を探すと、誰かが移動したのだろう、元々放り投げた机の上から少し離れた窓際に置かれていた。それを肩に引っ掛けて美術室の扉を出る。
 「唯、はやく出てこいよ。鍵、閉めるから」
 今だ室内に残る唯に声を掛ける。窓の戸締まりの確認を頼んだのだが、行動が遅い。
 「今でるよ〜、ちょっと待って〜」
 確認を終えた唯は、片手で鞄を掴み、入り口のドアに駆け寄る。唯が扉の外に出たことを確認すると、静かに扉を閉め、手早く施錠した。
 「にしても静かだな」  
もう皆が帰った後の廊下を歩きながらふと口をつく。
 「そうだね〜、このくらいの時間になっちゃうと文化部の人もほとんど帰っちゃうからね」
 「まぁ、そうなんだが……」
 それにしたって静かだ。上履きが発てるパカパカといった独特の足音が二人分、廊下に反響する。普段は気になることのない音も周りが静かなだけで大きく聞こえる。
  「外はまだ部活やってるけどね。中部活は体育館でやってる人娘だけじゃないかな?」
 「この時間になるとそんなもんか?」
 「うん、そんなもんだよ」
 職員室により、鍵を返すと昇降口から校舎を出る。そこまで、一人の生徒とも会わなかったが、外から体育会系の部活の気合いとも叫びとも分からない大声が校舎内まで届いていた。外に出た途端に音量を一気に増し、耳に飛び込んでくる。
 「もう夕方過ぎるって頃なのに全く持って元気なこった……」
 「だんだんと日が短くなってくるから、外の人たちは、これからは練習しにくくなるからね」
 ケータは確か陸上部だったよな……まだやってんのか。
 ふと空を仰ぐと夕方の赤が空を埋めていた。野球部なんかは特にそうだが、外部活は色々と見づらく嫌な時間帯だろう。もうすぐ終わるに違いない。
 「どうしたの?急に立ち止まって……」  
俺より三歩分前から唯が聞いてくる。どうやら足が止まっていたようだ。
 「い、いや、何でもないよ。ささっ、行こう行こう」
 追い付くと唯の背中を軽く押してやる。
 「わぁ、そんなに押さなくても……急ぐ必要はないんでしょ?」
 急ぐ必要があるに決まってる。ケータに芹さん、その他外野にせっかくの唯との下校時間を邪魔されてたまるか……とはさすがに言えなかった。
 「今日と明日の朝、母さんがいないからさ。夕食、朝食と二食分の買い物していかないとマズイんだ」
 「へぇ〜、美苗さん、仕事忙しいんだね」
 「ま、あの年でかなり稼いでるからな、母さんは」
 校門をくぐり、毎日通る道を歩く。下り坂になっていて、その性か自然と足の長い俺の方が早くなる。それに早歩き気味に唯が追い付く。
 「経費はいくらぐらい貰ってるの?」
 「とりあえず万札一枚、渡された。あしたの朝飯も何とかしろだそうで……」
 苦笑して見せる。一食平均五千円。一人分には豪勢にも程がある。
 「わあ〜、そんな大金使って何食べるの?隆君、料理なんて出来たっけ?」
 「いや、俺は料理作れないし、コンビニかファーストフードで済ませちゃってもいいかと思ってたんだが……」
 「それは体に悪いよ〜、隆君たくさん食べるんだから、そんなのばっかり食べてると、すぐに糖尿病とか高血圧とかになっちゃうよ」
 全く持ってその通り。俺が一人で食生活を送ったら、バランスの取れない食事に一ヶ月と経たない内に体がダウンするだろう。
 「まぁ、とりあえず駅前のスーパーに寄りながら、考えてみるか……」

 ところ変わって自宅。あれから二時間と経っていない。帰ってくる頃には完全に日が暮れ、外は闇に包まれた。晴れているためか、雲のない空には星が輝いていた。
 (で……)
 俺は自らに問掛ける。何でこんなことになったんだ……と。
 別に記憶が飛んでいるわけじゃない。にしたって出来すぎてる。
 周囲を見回して何度確認したことか……間違い無く住みなれた我が家だ。……なぜ唯がいる?
 母さんのエプロンに身を包みキッチンで何を?
 解りきっていることを再度頭の中で検索する。当たり前のようにすぐに突き当たった。
 回想してみよう。あの後、俺達はスーパーに寄って、一番最初に弁当売り場に行ったんだ。
 『……思ったより種類無いな』
 『コンビニなんかよりはあると思うけど……?』
 『そうじゃない。経費的にはどれでも買えるが、普段からは考えられないくらい一食分にしちゃ豪華なのばっかだ』
 目の前に並べられた棚には、高級(本当か?)寿司の詰め合わせや、国産などとシールの張られた特大ハンバーグ弁当。ジャンボ天丼などなど、普段から考えれば、食卓にのぼることが珍しく、なおかつボリューム満点のお弁当様たちだ。
 『ありえない。正直に、こんなの食べたらそれだけで罰が当たりそうだ……』
 『う〜ん……』
 唯は近くの棚に視線を走らせる。弁当棚は思ったより空きが目立つ。
 『……安いのはあらかた売れちゃったみたいだね』
 『どうしたもんかな……』
 いざとなったらカップラーメンでもレトルト食品でも良いんだが……なんて言うと、また唯に怒られそうだったから心の中でだけ呟く。
 『じゃあ作ろうよっ』
 『……はい?』
 真抜けな返事を返してしまう。今、唯は何て言った?ジャアツクロウヨ?
 言葉を理解するまで数秒、空白の時間ができた。
 『……ちょっと待て。俺は料理なんか出来ないぞ?』
 あたりまえだ。朝にしろ何にしろ、食事を作るのは母さんの役割だ。その他、家事全般(洗濯、掃除、アイロン掛け等々)は、忙しい母さんに変わって……というか、半押し付けで俺の役割だが、食事の用意だけは出来ない。
 『隆君の場合は、出来ないんじゃなくて、やらないから、でしょ?』
 『まぁそうなんだけど……どっちにしても今日明日じゃ無理だろ?』
 『じゃあ私が作るよ』
 ……一瞬で俺の思考回路はフリーズした。起動するまでに要した時間自体は数秒だと思う。ヲイヲイ、ナンテイイマシタカ?
 『……ちょっと待て、今、唯が作ってくれるとか聞こえたが?』
 『うん、言ったよ?』
 俺が頭を抱えたのは言うまでもない。
 ちょっと待て今夜は母さんは帰ってこないし不味いことは……いやいや男一人の家に女の子を招くってのはそれ自体が不味いんじゃいや決して嬉しくないわけじゃないどちらかと言えば言わなくても嬉しいに決まってるしかしやっぱり男女一つ屋根の下はやばい唯は信用してくれているんだからそれとも単に気付いてないだけかも……
 以上はその時の心の中だ。今考えると、とてつもなく不毛で、はずかしい。いや、単にマズイなら否定すれば良いだけの話なのだが、嬉しさの余りそんな思考ができなかった、てのは言い訳だろうか?
 その後は覚えていない。舞い上がっていたせいか、混乱していたせいかは知らないが、虚ろな状態で、何に対しても頷いていた気がする。
 まぁ、結果は今の状態なのだから経過は気にしなくて良い。
 そんなことを回想している内に、家のキッチンに立っていた女神様は料理を作り終え、食卓の上に並べていた。ほんの一分後には食卓の上には既に二人分の料理が用意された状態が出来上がる。
 ……二人分?
 「そういや、ちゃんと家に連絡いれたのか?」
 「うん。抜かりは無いよ。隆君の家、お母さんいないみたいだから、夕食を作って、一緒にいただいてくるね、って」
 そこまで言ったら、普通の親は許さないだろうが、唯の親は母さんと性格が似ているため、何の抵抗もなく許すと言いそうだ。らしいといえばらしい。今の言葉は本当なのだろう。ただ……
 「……他に何か言われなかったか?」
 「えっと……なんか良くわからないことも言ってたよ。泊まってきても良いけど、狼には気を付けなさいって。普通は駄目だけど、隆成君なら大丈夫だ。でも、狼が来たら責任取れば良いって言いなさい、って。何のことだろう……?」
 「……とりあえず忘れていいからな。そんなことより、夕飯冷める前に食おう」
 「うん……?」
 ……知識がないとか、純粋無垢というのはこういう時に助かる……。それにしたって何て事を言うんだ、おばさんは……
 気にしない気にしない……っと。それより今は目の前のごちそうの方が重要度高しだ。
 「よし、じゃあ……」
 『いただきます!!』

 一般的な和食。箸をどこから付けるか迷ったが、とりあえず味噌汁を一口。
 「うまいっ!!唯、料理上手いな」
 正直な感想と賛辞を口にする。
 「ほんと?よかった〜、あんまり誰かのために作ったりしないから、本当にちゃんと作れてるのか心配だったんだ〜」
 安心したように表情が緩んだ。唯は箸を握り直し、湯気の起つご飯に手を付ける。
 「いや、心配なんていらないだろ、これだけの物を作れるんだ。母さんのより美味いよ」
 こんな話をかあさんに聞かれでもしたら、俺の日々の食事は無くなってしまうだろうが、あいにく母さんが帰ってくることはない。
 「そんなこと言っちゃ駄目だよ、いつも作ってくれてるんでしょ?」
 「まぁな、母さんのも不味くはないし……でも、唯の作ったのはほんと、美味しいよ」
 「ありがと、隆君」
 そう言って微笑む唯は、とても可愛かった。

 とても美味かった。感謝しても足りない。
 唯の一食分を奢るだけでこれだけの物を作ってくれたのだ、片付けも唯にやらせるわけにはいかなかった。
 初めは手伝うと言って聞かなかったのだが、夕飯まで作ってくれたのだ、部活後に買い物して、そこは休んでいろと言いたくもなるだろう。俺がどこか辛いからだ。なにもかもやって貰うわけにはいかないだろう。
 残り物を器に移し、ラップを掛けて冷蔵庫にいれる。さして物の入っていない食器だけ片付けると、俺の部屋へ向かう。そこには唯がいるはずだった。夜も遅くなってきているが、夕食を作って貰った建前、俺から帰れとは言えず、リビングは後片付けが残っている……ということで唯には俺の部屋に居てもらっている。
 見られて困るような物の一つや二つは転がっているが、どれもが比較的見付かりにくいところにあるし、物が散らかっているということもない。俺にとっても唯にとっても不利不便なことはないと思うが……
 部屋は二階にある。階段を上がり、正面の扉を開く。見慣れた自室、そこにある一つの影。
 まず呆然とする。しばらくすると、解凍した頭でどうしたらいいか迷い始める。
 影の主、唯は卓に腕を組んで寝ていた。疲れたのだろう、とても無防備な寝顔がそこにあった。
 時計を確認すると既に九時を回ろうとしている。起こすことはしのび無いが、だからといってどうしろと言うんだろう。
 結局、俺は微笑を浮かべて階下に降り、毛布布団を一枚、押し入れから引っ張り出すと、二階に戻り、唯の肩にそっと掛けてやる。
 「……ありがとな」俺は唯の耳元で囁くと、蛍光灯を消し、階下に降りた。その後、リビングに戻り、今晩、俺が眠ることになるだろうソファーを眺めて苦笑した。






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