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夜明け色の瞳の魔術師

 組織━━━━紫晄という名の組織がある。古来よりあった術者組織、陰陽連や八百万機関といったそれらは、現在も日本のオカルトに関する事柄の管理、処理を独自に行っている。時代の流れにそれらの組織は統合、分化を繰り返し、それぞれに成長していった。その課程で小さな組織の統合、消滅によって現日本のオカルト組織は大きく二つにまとまった。そのうちの一つが『紫晄』である。
 オカルト専門の組織である以上、表立って活動することは難しいし、よってその存在も秘匿されているが、その組織の力はとてつもなく大きい。
 紫晄は統合指令本部、そして北海道、東北、関東の三地方にそれぞれ中央支部を置き、これらの大きな計四の拠点によって成り立つ。しかしどこの地域でもそうだが、中央支部の一つでその地域全ての情報を把握しきれるわけもなく、人員の統制、命令系統にも障害が出る。よって地方中央支部は下に連なる派出所のような小支部を各地に置いた。紫晄の組織構成は会社のそれに似ていて、統合指令本部を頭に据え、中央支部があり、その下に中央支部管轄の小支部と呼ばれる拠点、といったピラミッド型を形成しているのだ。
 この紫晄という組織の主な仕事内容は術者犯罪やオカルト関連事件の解決、術具の集収、各地封印の管理などで、その分野ごとに必要な三つ部、七つの課がその組織を構成する。
 総務部に総務課。
 作戦部に特務一課、特務二課、保安課。
 情報部に財務課、研究課、情報課だ。
 この中で特に特殊なのが総務課である。総務課とは名ばかりで、全体で見ても所属している人員が少なく、小支部ともなると課が存在しないところがほとんどだ。何故そうなっているのか。その理由は紫晄の組織構成にある。
 基本任務は作戦部保安課、情報部情報課の二課によって行われる。作戦部の特務一課、特務二課の仕事はほぼ同じといって良い。作戦部、情報部では処理しきれないほど難度の高い仕事を補助、あるいはこなすために存在する課である。
 基本、保安課では難しい任は特務二課に回される。大抵の任はここまでで片が付くのだ。最悪、特務一課に回る任もあるが、その数は少ないといって良い。
 そして緊急事態、特務一課でさえ手に負えぬ問題が発生した時、総務課はそれら対応しきれない緊急時に動く。
 よって所属する術者はそのために必要な、霊力、魔力の量、霊術、魔術を行使する技術、そしてなにより━━━━その戦力を有する者で無くてはならない。
 その判断基準として紫晄は術者を、その霊魔力の総量、術行使における技術、総合的戦力の三つに分け、それぞれに上からS、A、B、C、D、E、Fの七段階評価でクラス付けをしている。
 総務課に属する術者は全てがAクラスないし、それに近いか、どれか一つが飛び抜けて良く、Sクラス認定を受けている。ゆえに総務課とは紫晄最強の術者集団であり、紫晄の象徴でもある。そして総務課には本部が認定した者でなければ所属できない。総務課の術者はその能力の高さから『晄聖』の称号が与えられる。
 現在の『晄聖』の紫晄全体での総数は二十人。彼等に与えられる権限は大きく、同時に特別なことがない限り召集もされない。緊急時に動ける人員として最低一人は中央支部に常駐することが義務付けられているが、それも半年ごとの当番制で、その他の時間は組織に束縛されることはほとんどない。力や能力の高い者ほど高い地位と権限が与えらるのだ。
 例えば総務課の━━━━『晄聖』の次に高い能力を有する術者達の集まりである特務一課。別名『準晄聖課』の権限もやはり高く、組織の管理下であれば、ほぼ全てに関して自由は保証される。そして単独での仕事が認められ、他課の任への介入、補助を個人の判断ですることが出来るなど、その権限、権利は多彩なものだ。特異な物では、簡単な仕事であらば拒否権も認められている。反面、仕事をこなせるだけの力を持つからこそ、必要あらば呼び出しに応じなければならず、任の拒否権も剥奪される。実際、任には危険をはらむ物が多々あり、組織が完全な実力主義を取っているのもその為だ。
 さらにややこしい事に、紫晄の統合指令本部にて組織の意向を決定するのは『晄聖』の称号を持つ三人の術者である。
 それぞれに意見を持ち発言する事の出来る三人をトップに置くことで、『紫晄』としての意見を一人の主観に委ねず多数の意見によって全体の統制を謀ろうとした結果なのだが、これによって日本の民主制のように、それぞれを代表とする派閥が生じたのだ。
 それぞれ第一セクト、第二セクト、第三セクトと呼ばれている。中でも現在は大多数の組員が第一セクトの所属で、第二セクトは少数派閥。第三セクトも少数である。
 時にこの派閥とも呼べる縦割りが紫晄という組織のまとまりを失わせることもある。それもそうだろう、トップの三人の意見が食い違った時『それが相反するもの』でない限り、組織としてではなく、各セクトはそれぞれに行動するのだ。
 違う判断でセクトが動き出したとき、その中で組織の人間はリーダーたる人物を判断し、時にセクトの移動も起こる。縦割りの所属は組織が決めるものではないのでセクト間の移動は自由であるし、どれとも意見が合わねば当然、中には無所属という者もいる。しかし無所属にはあらゆる権限が認められないため動きづらく、好んで選ぶ者はいない。
 ……これが現在の紫晄という組織の概要である。一枚岩ではないが、より柔軟な動きが可能だ。

 (やっぱこの時間の電車ってのは好きになれないな)
 七時を過ぎた頃、立野宮市の隣町のオフィス街に制服の青年の姿があった。その左眼は今も異色の光を称えている。
 『仕方ないよ……今は帰宅ラッシュの時間だもの、あのくらいの満員電車は我慢しなくっちゃ……』
 棗は誠司に並ぶように一定の間隔を開け、横を着いてきている。質量のない彼女は満員電車も関係はない。
 (普通なら我慢できるんだろうけどな……どうも神経が張っちゃって)
 軽い苦笑を浮かべる。その歩みも棗に揃えるようゆっくりと。
 誠司の家から一番近い中央支部は関東中央支部だ。立野宮の駅より電車で二駅、隣の桜摩市にある。
 駅に向かって流れる人の波は大きく、それに逆らいながら、少しずつ目的地へと足を進めていく。既に日は落ち、都会と言うには貧相なネオンサインが所々に輝き始めていた。
 『別に仕事をもらってる訳じゃないんだから……ほら、肩の力抜いて……』
 棗は言葉と一緒に誠司に柔らかな笑顔を向ける。そんなことを話している内にも人の波は後ろへと流れていく。何の変わりようもない風景。
 (まったく……そのとおりだよな。……分かっちゃいるんだ)
 しかし、だからこそ気持ちは焦る一方で。
 (……今回の情報が今の状況を把握できる物なら良いんだけどな……)
 ふぅ、と軽い溜め息と共に、誠司は空を仰いだ。明るい街の光はその空まで届いているのか、紺色に透けた空間に本来見えるはずの星の光は街のそれに負けてしまって見えなかった。雲はない。星が見えないことを少し寂しく思った。街外れであればたぶん、美しい夜空が望めるのに。
 『ほんとうだね……』
 棗の声が思考に重なる。何のことはない偶然。しかしそれが妙に心地よく感じた。
 (まぁ、まずは濱崎さんに話を聞いてみるとこからだな。……っと、)
 目的のビルを見上げる。そこは、外見的には周囲を囲うビルと何ら変わりはない。その目立たない七階建ての、一見テナントオフィスビルにみえるそここそ、紫晄という組織の中央支部である。
 (中は強い結界が張ってあるからな。棗は外で待ってて)
 『うん』
 正面の扉から目的のビルに入り、すぐの扉を暗証番号とカードキーで開く。オートロック式のそれが、こんな外見目立たないビルの入り口にあるのは異様ではあるが、組織の秘匿、情報の漏洩を防ぐ為には致し方がない。
 その後、扉奥に控えていた警備員(彼らも紫晄の人間である)に身体チェックと配属証明といった面倒な作業を行い、やっとエレベーターへと乗り込む。そのエレベーターの中で、再び魔眼を封印した。また痛みはあったが、それもいつものことだ。
 目的地の七階、支部長室前につくと、視界、体調が回復するのを待ち、その扉を軽くノックした。
 「御坂です」
 「誠司か。はいれ」
 相手方もすぐに気が付いたようで、扉を挟んだ奥から親し気に声を掛けてくる。
 扉の奥にいたのは細い眼鏡と灰色のスーツを着た、何処にでもいるような社会人と大差のない男だった。ソファに腰掛け、分厚いファイルを開いていた。
 「スーツなんて珍しいですね……濱崎さん、今から仕事ですか?」
 濱崎と呼ばれた彼は見た目40と少し、といった所だろうか。実際の年齢を誠司も知らないが組織の中で誠司が気を許して話せる人物の一人だ。
 「いや、今は本部に報告に行ってきたところでな。もう帰りさ」
 濱崎はファイルを閉じ、誠司へと目を向ける。
 「ついでに厄介ごとも押し付けられたがな。情報整理が難しいし、何より人手も足りない」
 ふぅ、と疲れた風に息を吐いてみせる。しかし彼の体面にその様子は窺えない。
 「あの件……麻衣の件に関しての情報があった。概要から順に説明しよう」
 濱崎が机の上に詰まれた━━━━その机は左右に避けるように大量のファイルが積まれていてその一つを上下が崩れないように抜き出す。
 それをパラパラと捲り、内容を確認したのか、誠司へと渡す。
 「まず麻衣に与えた任だが……封刻石の監視と保護だ。ファイルの最初のページを開いてみろ」
 誠司は軽く頷き、その与えられたファイルの表紙からめくっていく。そこにあったのは、先ほど濱崎の言った封刻石と呼ばれる物のデータだった。
 「封刻石はその名の通り、何かを封じた物であるらしい。過去の遺物ゆえ、それが何を封じた物であるか、記録として残ってはいないがな」
 封刻石は古代の封印式であるため複雑で、何を封じたものであるのか解析が出来ない、と言う。
 「何が封じられているかは分からないが、それが封じなければいけない物である以上、これを破壊する訳にはいけない。これが五つ、立野宮市を囲うように存在しているのが確認された。それぞれを監視する目的で周囲には簡易結界が張られている」
 そこで息継ぎを一つ。
 「十日前、その一つが破壊された」
 「……十日前、だって?」
 誠司が言葉を挟む。
 「麻衣が仕事の中、倒れたのは六日前の夜でしょ?」
 「話は最後まで聞け。それが最初だと言っているんだ。それによって我々は奴≠フ存在を知った」
 そのときの封刻石の監視者は麻衣とは別の人間であった。奴≠ヘいとも簡単に封刻石を破壊して見せた。
 「一つ破壊されたが、封印が解けた形跡……大きな変化は観測されていない。恐らくは5つで一つとなる封印なのだろう」
 紫晄は残りの封印の保守の為に、結界に特化した術者を送る。
 「そして仕事に付いたのが彼女、特務一課所属結界術師、月城麻衣だ」
 濱崎がそこで言葉を止める。深く息継ぎをする。
 「なるほどな。特務一課の所属術者である麻衣が仕事に選ばれた訳も分かったよ」
 悟ったように誠司が顔を伏せる。作戦課では手に負えないと判断された理由━━━━
 「最初の監視者、殉職したのか……」
 「……ああ。その通りだ」
 重い……人が一人、死んだのだ。
 「麻衣の失敗に寄って、さらに一つ、封刻石が破壊された。さらに後任の決まらぬ内にもう一つ、二日前に破壊された」
 「二日前……」
 そのキーワードがすべての事柄を繋げたような気がした。二日前。それは……
 「そう。お前の妹、御坂愛美が仕事で傷つき、倒れた日だ」
 「でも……二つの出来事はすれ違う」
 誠司は記憶を漁る。たしか愛美に与えられた仕事は二人の不審な術者の連行だったはずだ。
 「そう。確かに愛美に与えられた任の失敗と、封刻石の件は関係のないように見える。が、」
 濱崎はそこまで言うと、机の右脇に積み上げられたファイルの背表紙を指で追っていく。
 「愛美の方の仕で確認された二人組、その片方が誰なのか分かった……これか」
 目的の物を見つけたのか、そのファイルを抜き出し誠司へと差し出す。
 「十二年前の……関東中央の人員リスト……?」
 背面の文字はそう書かれていた。それは名の通り、紫晄の関東中央支部の人員をリスト化した物らしい。年は今から十二年前。多少年期の入っている物らしく、その表紙は色褪せている。
 「ちょうど、付箋紙の貼ってあるページだ」
 誠司は訳も分からず濱崎の言うとおり、後ろの方、付箋紙の貼られているページを開いて━━━━その顔を驚きに染める。
 「その男は元紫晄研究課所属組員、澤木亮介。過去に組織を抜け、行方を眩ませた男だ」
 そこに写っていたのはまだ二十と少しだろうか若々しい黒の長髪の男であった。
 「……澤木、さん……?」
 誠司は彼を知っていた。それは幼い頃の遠い記憶。彼は父親の友人であった。
 その頃の誠司は紫晄に属してはいなかったが、彼が元々紫晄の組員であったことは知っていた。
 当時、父親から誠司は、彼が仕事中に行方不明となったと聞いている。
 「愛美の仕は二人の不審な術者の連行で・・・・・・その片方が澤木さん?」
 行方不明と聞いていた彼がこのあたりに戻ってきたという事実にも驚いたが、その頃の彼の資料を改めて見て、まず驚いたのはその能力。
 「普通なら特務一課、もしかしたら『晄聖』であってもおかしくないほどの能力なのに・・・・・・」
 ランク評価、霊魔力の総量B、術行使における技術S、総合的戦力A━━━━
 「いや、短い間だが奴は晄聖であったこともある。が、組織から行方をくらませたのがその後すぐであったこともあり、記録は過去のそのままなんだ」
 研究課から晄聖への昇格。直後の組織からの行方不明。そこに大きな違和感を感じた。
 「行方をくらませた……ということは仕事による行方不明という訳ではなく、彼の意志ということですか。研究課からの昇格にも、何かありそうですが……」
 濱崎は少しだけ考える素振りを見せると、再び誠司に目を向けた。
 「そうだな、話しておいた方がいいだろう。奴は━━━━澤木亮介は紫晄から神魔具を持ち出し、行方をくらませた男だ」
 神魔具、の単語に否が応でも反応する。
 神魔具とは、霊装具と呼ばれる能力を宿した装備品、装飾品の中で特に異質であったり、能力が大きい物に付けられる称号のようなもので、古代の宝物であったりと製作者不明の一般に神器と呼ばれる物であることが多い。
 神魔具も霊装具も機械と同じだ。入力、変換、作用はといった行程、機能は変わらない。ただ、そのシステムの構成は術の刻印によって作られた、精密な回路によって成り立っている。霊装具と神魔具の違いは、ただそれが鉄砲か、ミサイルかの違いだ。もしかしたらそれ以上の差があるものも存在するのかもしれないが。
 すべては使い方によって。それは便利、不可思議な道具であると同時に強力な兵器と同じだ。実際、月城麻衣は恐らく神魔具のなにかによってその能力の制限、どころか命すら危うい状態にある。
 「澤木さんが持ち出した神魔具・・・・・・それが麻衣の呪いをかけたもの・・・・・・?麻衣の件と愛美の件が繋がるって言うのはそういうことですか?」
 誠司が問う。
 「可能性は無きにしも非ず、だ。愛美、麻衣双方の報告から、封刻石を破壊した者も澤木達二人も、フードを目深に被り、表情を隠していたそうだ。その服装の特長は似ている。ただし、さっき誠司が気がついたとおり、その確認された人数は違う」
 確かに同一である可能性もある・・・・・・そう濱崎は言った。
 「どちらにしても、愛美との戦闘の相手の片方が澤木であったことは間違いないだろう。愛美の報告による姿、写真を見せて確認も取った」
 その後、少しの間を置いたのは、やはり元同僚に思うところでもあったのだろうか……
 「……澤木本人だとしたら、なかなか厄介だ。あの頃でさえ、研究課のくせに特務一課所属だった俺や御坂と並ぶ実力があったからな」
 澤木は強い・・・・・・と。その濱崎の発言は、すでにその問題が組織の保安課レベルでは手に負える物でないことを示唆していた。
 「今回は特務一課に動いてもらう。いや、先方は既に動いてもらっている」
 濱崎の言葉に、誠司は思い当たる節があった。
 「だから特務一課の緋姫先輩が……あの神凪緋姫が動いているんですね。澤木亮介に対抗するために」
 それは単なる確認。そこには疑問はない。濱崎はかすかな首の動作で肯定を示す。
 「そこにももう一つ、理由があってな。そしてこの理由は、澤木と、封刻石の破壊者が別人である可能性が高いということでもある」
 「どういう・・・・・・ことですか?」
 「麻衣を襲ったと思われる不審者━━━━封刻石の破壊した人物の軌跡を、澤木亮介が辿っている様子がある。二日前に愛美が澤木亮介との戦闘になる直前、奴は二つ目の壊された封刻石の場所に訪れている」
 つまり澤木は封刻石が壊されたことを知っている。しかし、もし破壊した本人が澤木であるなら、現場に戻ってくる必要はないはずだ、と。
 「どちらにしろ、澤木が封刻石の件について、何か知っているのは間違いないだろうがな」
 「……つまり結果的には緋姫先輩に両方……封刻石の破壊犯と澤木亮輔の双方を追わせているんですね?」
 その通りだ、と肯定の意で濱崎は首を縦に振る。
 「話が早くて助かる。そして━━━━」
 それは、違和感につつまれた一連の事件が、誠司から離れた所で動く音。
 「今さっき、三つ目の壊された封刻石の場所のそばで澤木と思われる二人組みが確認された。既に緋姫に連絡もいっている」
 濱崎が告げた言葉は、その事件が現在進行で動き続けていることを何より物語っていた。


 ━━━━同刻。
 もう夜になる。そこは街灯の一つもなく、とても暗かった。
 もともと人が訪れるような場所ではない。森と言うには木々は少なく、野原と言うには雑草の丈がまちまちで膝丈を越える物もある。全く手入れのされていない事が一目でわかる。好奇心旺盛な子供ですら、ここに踏み込むことは無いのだろう。
 そこに二つの陰があった。人目に触れることを避けるように、頭からレインコートにも似た、灰色のフードコートを被っている。
 その二人は雑草の深い場所を奥へ抜けていくと、小さく雑草の開けた場所にでた。
 「ここか……やはり……」
 片方、背の高いフードから独り言にも思える、小さな声が洩れた。その視線の先に移るのは瓦礫……元々そこにあったろう小さな社の残骸であった。
 「……乱れていますね。一点に集まるのも時間の問題でしょう」
 もう一人、背丈の低い方が一歩前に出るとその場にしゃがみ込み、崩れた瓦礫に手を差し伸べる。
 「……どこだか分かるか?」
 「はい……さすがに三つ目です。霊素の流れも太くなっている。こんどこそ中心点を探索することもできるでしょう」
 「どのくらいかかる?」
 「十五分もあれば」
 「十分で終わらせておけ。その間、来客の相手は俺がする」
 それだけの会話を交わし、背の高い方はその身の丈を隠しきるフードコートを翻した。再び来た深い茂みへと分け入っていく。
 その茂みを抜けた先に来客━━━━神凪緋姫がいた。
 「……懐かしい顔だね。あの頃、僕はまだ幼かったがあなたのことは、未だに記憶の片隅に残っていてね」
 フードコートの男はその奥の瞳を細めた。
 「俺もお前のことは覚えている。当時、紫晄最年少……異例の術者」
 「家庭環境の違いだよ。そこに僕の意志が介入する余地は与えられていなかったし、それを異例だなんだと叫んだのは組織の方であって、そこにも僕の意志はない」
 淡々と緋姫は答える。そこに感情はなく、ただ事実だけを述べていた。
 「いろいろ聞きたいことがある……紫晄に連れ帰らせて貰うよ」
 「それはできない。俺には俺の目的がある。たとえ紫晄であっても、それを邪魔するのならば、排除させてもらう」
 緋姫は不意に周囲の空気がぐんっ、と転じたかのような錯覚に陥った。肌で感じられるほどの霊力。
 「流石は元紫晄の晄聖」
 それに対し、先に動いたのは緋姫であった。
 ━━━━瞬間的な集中、体中に霊力を巡らせて、加速。
 『アウトバースト』と呼ばれる肉体的加速法。瞬間、緋姫の体は澤木の前よりかき消えている。
 そして次の瞬間に緋姫の体は澤木の背後へと移っていた。
 左足を軸に体全体を鋭く回転させる。しなるように右足が地面から離れた。
 鋭い蹴り━━━━
 澤木の背後より放たれたそれは、後一歩の所で届かない。予備動作もなく、澤木が前に倒れたからだ。頭を狙った蹴りが空を切る。
 「『火精の限定召喚を宣言━━━━』」
 倒れる動作から、右手を地面につき、跳ねるように反転、そのときは既に、空間に左手が五忙星の魔法陣を作り上げている。
 「『━━━━全てを導く紅蓮の炎、矢となりて素を焼き付くせ』っ!!」
 詠唱、そして発現。
 絶対の火力を持つ炎矢が魔法陣より生まれ、放たれる。
 「っ!!」
 直後、緋姫の右手が素早く六忙星の魔法陣を描き出す。
 「界規律『遮』の零、対火付加、属性結界発現っ!!」
 魔法陣から光の壁が立ちはだかり、炎矢をむかえうつ━━━━
 「僕は麻衣ちゃんのような結界師ではないし、この手の術は苦手なんだけどね、っと」
 炎矢が光の壁と衝突、瞬間にはじける。火の粉が夜空を焦がす。そのとき既に開けた視界に澤木の姿はない。
 (同じ……アウトバーストっ!?)
 跳躍━━━━直後、緋姫の後ろから足元をさらうような銀の一閃。
 その時点で緋姫には分からなかったろうが、澤木か振るったそれは銀粧刀であった。刃には霊力が付与され、もし緋姫が飛んでいなければその時点で足を失っていただろう。
 緋姫は宙で反転、素早く服の胸ポケットから取り出したパチンコ玉ほどの大きさの鉄球を三つ、右の掌の中に握り込む。同時に左手が走り空中に光の魔法陣を描き出す━━━━
 「起動━━━━」
 澤木に向かって右手から鉄球を投げつける。
 狙いは澤木を囲うように。
 澤木はかわすために、緋姫のねらい通りに跳躍した。
 地面に当たるなり、鉄球は爆発する。爆風に煽られるように、澤木の体はさらに上へ。
 変わりに緋姫は爆風をクッションに着地、左手を即座に上に向ける。
 (ここッ……!!)
 空中であれば避けられないっ!!
 「『雷精の限定召喚を宣言━━━━来たれ天疾る化身、天雷疾駆』っ!!」
 左手先に出来上がっていた五忙星を中心にした魔法陣が光る。呼び出された雷が夜を疾る━━━━!!
 瞬間、魔法陣から伸びた雷光が澤木を貫いた。
 激しい音と光━━━━!!
 影が地面に落ちた。
 一瞬の静寂が満ちる。
 「また腕を上げたか……さすがだな。天才、神凪緋姫」
 しかし、その静けさをバックに、澤木が何事も無かったかのように立ち上がる。しかし同時に、元より被っていたフードは燐光となって消え失せた。
 「やはり、そのフードは対霊の防御属性を編み込んでいたんだね。僕の術で傷一つ負わないなんて、まるで一つの高レベル結界だね」
 緋姫が感嘆したような声で話す。
 術による戦闘、というのは、大概どちらが先に一撃を与えるかできまる。
 もちろんダメージを軽減、死なないために術者は護符のようなものを持っている。が、あくまで軽減。強力な術の前ではただの紙切れに成り下がるようなレベルだ。
 というのも理由がある。護符にしたって一つの『術』だ。起動には霊力が必要……だが護符とは、不意の攻撃に備え、常に起動していなければならない。作られたときから起動状態なのだ。
 電池のようなもので一定期間の役割を果たせば、込められた霊力を使い果たす。もちろん充電なる充霊力を行うことも出来るが、それを一日ごとに行ったとして、一日中起動状態ならば、その時一瞬の霊力の量に伴う『術』としての効力は低くならざるを得ない。
 「まさか一撃で破られるとも思わなかった……今まで作った中では最高傑作の対霊防服だったんだかな」
 言葉とは裏腹に、少しもそれを惜しむようなそぶりはない。
 紫晄所属の頃から、彼は最高の技術者であった。霊装、魔装と呼ばれる、特殊な能力を伴う装身具の創作者。
 その言葉の通り、あの結界的な対霊の防御力を誇るフードは、その霊的回路━━━━術のシステムからして彼自身の創作によるものだろう。
 「僕もまさかそこまで強力な対霊の霊装を着ているとは思わなかったよ」
 緋姫の一撃は、例え紫晄が作り出せる最高の対霊の霊装であっても、貫き、本人にダメージを与えるには十分な威力であった。
 「通常威力の術であれば、三度ほどは耐えられると思ったんだがな……さすが最高位の精霊術師か」
 「それもお家柄だよ。僕が望んだものではないしね」
 緋姫は左手、右手双方で魔法陣を描く。
 「『雷精の限定召喚を宣言━━━━』」
 緋姫が地面に右手の掌をあてる。光の魔法陣が緋姫を中心に地面に広がった。
 「『━━━━来たれ天疾る化身、天雷開花』っ!!」
 緋姫の呪文に呼応して、魔法陣より周囲全方位へ雷がほとばしる。地を這う雷の蛇。その魔法陣より波紋か広がるように雷の華が開く。
 瞬間、まるでカメラのフラッシュのように、空間が明滅した。
 周囲の雑草が、燃え上がることもなく炭に、灰になった。それだけの熱量。
 光が明けたとき、視界の中に澤木の姿はない。
 瞬間的に思考を巡らせる。それはモノを確認するより早い━━━━
 この術は防ぐか、上に避けるしかないはずだ。魔法陣を描いていた様子はない。それは防ぐ事はしなかったと言うことだ。ならば……
 (地上にいないなら……上か!!)
 あえて首を巡らせての確認はしない。ほんの少しの余計な動作は何もない。もう片手に出来上がっていた魔法陣を手のひらで押さえつけるように、連続して地面へ叩きつける。
 「『━━━━来たれ天疾る化身、天雷昇華』っ!!」
 呪文に呼応するかのように、手のひらを中心に半径十メートルほどの一つの巨大な魔法陣が焼け野に広がり、そこから天空へと無数の雷が疾る━━━━
 闇が裂ける。地から空へと、その呪文に則るように駆け昇る。

 一方の澤木は、緋姫の読み通り、アウトバーストによって空へと跳んでいた。
 アウトバーストによる肉体強化。それが通常の何十倍の跳躍を可能にしている。
 澤木も緋姫の姿を確認もしなかったが、その詠唱から次がくることは容易に分かった。
 緋姫のことだ、一歩先の行動、二歩以上先の動きですら、時に神がかりめいて読んでくる。
 先の術を避けた事を確認すれば━━━━いや、避ける事を視野に入れ、その経路が上であることを読み、更なる一手を用意している筈だ。
 緋姫の手に残った魔法陣は一つ。
 上に避ける事を読まれているとする。ならば、空中で体制の崩れ、身動きの取れない澤木の、着地する事など許さず、攻撃してくる。
 (ならばそれは、対空術……ロングレンジに対応する、瞬間発動型か)
 そう、避けることは不可能だ。
 「避けられない。……なら術を逸らせばいい」
 澤木は銀粧刀を口にくわえ、右手の人差し指から、空いた左手で指輪を引き抜き、握り込む。
 「起動━━━━」
 指輪に霊力を込め、自分から離れた宙に投げる。
 すぐさま放たれた第二撃目、空へと突き上げる雷光は━━━━澤木の思惑通り、その直線的な軌跡をねじ曲げ、ては澤木の投げた指輪へと収束した。
 瞬間起動━━━━魔法陣を描くより断然早い。
 その霊具の指輪に刻まれた術は『レセプション』━━━━周囲の霊力魔力そして術の収束機となった指輪はその役目を忠実にこなした。全ての雷が本来の軌道を逸れ、指輪へと収束した。
 全ての雷を受けた指輪が発光し、弾ける。と同時に澤木自身は着地、その時は既に、口にくわえられていた銀粧刀は再び澤木の右手の中に収まっている。攻撃の準備に時間は必要なかった。
 地面を強く蹴る。即座に弾けるように加速し、緋姫に切迫する。
 「っ!?」
 緋姫が目を見開いた。間合いを開こうと、後ろへと飛ぶ。
 しかし同じアウトバーストを使っているはずなのに、明らかに澤木の方が早い。それは予想外の結果からくる対応の反応が遅れたためだ。
 二発目の術の行方を確認しなかった事が。その数瞬の判断が命取りだった。
 再び、澤木の手から銀粧刀の一閃が疾る。
 「破っ!!」
 横薙ぎに放たれたそれは、緋姫の顔の正面から。
 背を逸らすようにかわす。しかし、緋姫にできたのはそれだけであった。
 バランスを崩し、背中から地に……
 (ここで倒れたらっ!!)
 とっさの判断だった。負けないために。死なないために、緋姫は体を右に捻り、右手を握り込み、地面を突いた。
 体の中に、嫌な音と感触、激痛が走った。
 その行為は、腕をつっかえ棒にしたようなものだ。そのスピード、そして自重を考えれば、生半可な威力ではまるでその役割を果たすことはなかっただろう。
 だから緋姫は全力で地面に拳を叩きつけた。
 アウトバーストによって加速した体を立て直すために、叩きつけた力で拳は砕け、それを支えた腕も折れた━━━━いや、完全に砕けた。引きちぎられる程の負荷が掛かってきたが、筋繊維に作用したアウトバーストの術の効果で、かろうじて腕は体に残った。
 その痛みも尋常なものではない。緋姫は悲鳴が洩れないように強く歯を噛み締めた。そして痛みによって次の行動を迷わぬように。
 結果として叩きつけた反動で体制を回復させ、残った左腕を構える。
 「『雷精の限定召喚━━━━来たれ天疾る化身、天雷疾駆』っ!!」
 左手で魔法陣を瞬時に描き、呪文を叫ぶように唱えた。極限の体から放たれる雷光━━━━!!
 「ちっ、界規律『遮』の零、対雷付加、属性結界発現っ!!」
 緋姫の予想外の動き。しかし澤木の反応も早かった。魔法陣が浮かび上がった直後、雷光、雷鳴は澤木を呑み込んだ。
 緋姫にも支えはなく、勢いそのままに地面に背中から倒れた。
 数秒間の沈黙、閃光によってくらんだ緋姫の目が視界を取り戻したとき、そこに澤木の姿はあった。
 片膝を地面に付き、身につけた服の所々から煙が昇っている。
 「痛っ、」
 左手を右肩に添えて、緋姫は立ち上がった。まずはダメージの確認だ。
 右腕は全く動かない。肩すら上がらない。恐らくは、肩の骨は外れているか、その神経がねじ切れたか。右半身が、まるで火炙りのように熱い。地面に叩きつけた手の甲の皮も剥がれ、血が流れ落ちる。
 「その右腕、もう使いものにはならないだろう。今すぐにでも、治療した方が良いんじゃないか?」
 何もかもを見透かしたかのように澤木が言う。
 「あなただって体に痺れは残ってるだろう?僕の術は基点無しの結界程度は簡単に貫く。あなたの体も雷を受けたはずだからね」
 左腕は動く。魔法陣は書ける。まだ術を唱えるぶんには問題ない。
 緋姫の左腕が疾る。瞬間に複雑な魔法陣がそこに出来上がった。
 「もう、避けられないだろう?決めさせてもらうよ。
 『雷精の限定召喚を宣言━━━━来たれ天疾る化身、天雷疾駆』っ!!」
 雷光澤木へと延びる。今度こそ捉えた━━━━
 視界の端から影が走った。
 それは小さな物だった。暗い中では見失ってしまうだろう。それは恐ろしく速いスピードで、雷光と澤木のと間に割ってはいる。
 「発現━━━━」
 その声に呼応するように、破裂、光が拡散し、そして━━━━
 ━━━━雷を打ち消した。
 「そんなっ、」
 「これはさすがに予想外だったか?」
 緋姫の驚愕の声に、澤木の声が被さる。逆に澤木のそれは実に冷静であった。
 緋姫の驚愕は当然であった。そこに介入があったことに対する驚きも、もちろんあった。しかし、何より驚いたのは結界術。
 緋姫の雷を抑えた事……結界としては当然の役割とされるそれも、今回ばかりは状況が状況だ。
 「大丈夫ですかっ!?澤木さん」
 横方から草村をかき分けるように、声の主は現れた。
 「時間通りだ。問題ない」
 「動けないのに、何言ってるんですかっ!!問題大ありでしょ!!」
 茶色のフードを頭からすっぽりと被っている。おそらくはあれも澤木の特注品だろう。そのせいで、その子の性別から顔からまるで分からない。声も中性的で、それが男のものか女のものか判断が付かない。
 その子━━━━そう表現したのも、澤木に肩を貸すように寄り添って分かるのだが、背が低いというそれだけの理由だ。
 「二人組……たしかに報告にはそうあった。時間通りとは……いったい今まで何をさせていたのかな?」
 言葉を発しつつも、緋姫の左手には魔法陣こそ描いていないが、既に大きな霊力が集まってきていた。
 右手は使えない。相手は二人。しかし諦めるつもりはなかった。左手を強く握り締める。
 「それに今の有り得ない結界展開はいったいどんなマジックなんだい?」
 その言葉に薄く澤木が笑った。
 「それを教えると思うか?」
 「いや……。まぁ相当の結界術師であることが分かっただけでも、僕がここに来た意味もあるのかな?」
 そう、先の結界に対して緋姫が驚いたのはその結界の種類と、展開の速さと、結界の力━━━━結界専門の術者でもここまでの代物をこんなにも瞬時に構成するのは難しいはずだ。
 結界の種類は一点による属性結界。そもそも結界とはそこに別種の空間を構築する術だ。属性結界と呼ばれるものであれば、例えば炎を遮るとすれば、そこに炎の存在を認めない空間を構築すればいい。
 空間を構築する結界において、最低でもその空間構築のための目印が必要になる。
 空間とは即ち、立体だ。最低数の面を持つ立体である三角推でさえ、構築するには四つの基点が必要になるのだ。
 半球型の空間結界、また盾や壁のような面型結界はそもそもが亜種……それ専門に訓練を積んだ術者であっても構築する事は難しい。
 その中で、緋姫の術を遮った面型結界は、基点一つにして構成されている。
 例えば面の結界であっても三点の基点が必要となるのが基本だ。そもそも一点では構成出来ないのが面だ。
 そもそも一点の結界は、結界としてはおかしいのだ。
 現実として可能である一点から構成する面型結界は円形に限られる……そして、それを構成する事は、コンパスを使ってその点を中心に半径の決められていない円を描くようなものだ。更にその構成を瞬時にやろうとすれば霊力でのコントロールは神業ともいえる。
 (基点にしたのは恐らく、澤木の作り上げた霊具だろうけど……その霊具がどれほどのものであろうと、あくまで補助。術者の技術によるところが大きいはずだ)
 まだ冷静さは失っていない。緋姫は考える。
 それこそ、こんなことの出来る人物は、緋姫の知るところ三人しかいない。
 「この子は俺より強いぞ?神凪緋姫。今は引け」
 澤木が言う。
 静かに、緋姫は状況を確認する。右腕は動かず、体は大小に多々負傷している。相手は元紫晄の晄聖の術者と、彼をさらに超える術者。あきらかに形勢は不利だ。
 (確かに大人しく引くのが一番みたいだね。僕一人でどうにかなる相手じゃない。けど、)
 緋姫は左手を握り締める。
 「ここは引かせてもらうよ。けど……」
 瞬間、緋姫の左手が動いた。フードをつけた相手の術者に━━━━
 「そのフードの中身は見せてもらうっ!!」
 霊力は既に集まっている。魔法陣を描き出すのに数瞬。結界を作る暇は与えないっ!!
 「『雷精の限定召喚を宣言━━━━来たれ天疾る化身、天雷疾駆』っ!!」
 術発動の引き金となる言霊。
 緋姫の左手の指先から、雷光がほとばしった━━━━


〜 to be continued 〜









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