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約 束
その休日に。
〜 time of mild in the moning. a story of second〜



 柳山公園。そこは小さな山……というか丘というか、そこの中腹の、比較的平坦な場所に作られた、公園というにはなにもない場所だ。ただ、公園と言うだけあって山には珍しく、管理はしっかりとされている。
 公園までは二車線の舗装道路が走っている。そこを走るバスもあるので山中と考えれば交通の勉は悪くはない。この場所には、遊歩道と称される物はなく、地面は芝生だ。そこにある木は、殺伐とした雰囲気を感じさせない程度に伐採され、並木道のような整った感がある。種類様々なそれらは互いが重なること無く育ち、その広い範囲に伸びた枝葉は、時期によって様々な表情を見せる。秋の少し前といった今の時期。一ヶ月前は強い緑色をしていた葉も、だんだんと赤みを帯びてきている。
 近場の駅から三駅となり。そこはもう都会から離れてしまったことを意識してしまうほど、背の高い建物、それどころかコンビニの一つも目の届く範囲にはない。駅の周囲は比較的に広い間隔で民家が立ち並んでいる。ただ、それらの民家も綺麗な物は少なく、多少古ぼけた和風の、低めの石垣に囲われた庭持ちの家が多い。緑が綺麗だといえば聞えは良いのだろうが、街を見て育った俺にとっては、それこそ村と形容するにふさわしい光景はどこか寂しい。そこに佇む寂れた小さな駅を一歩出たところで、唯が額に手のひらを掲げ、空をあおぎ見た。
 「良い天気でよかったね」
 「ああ、そうだな」
 空は雲が少なく大きく開けていて、太陽は陰ること無く、日の光を地表に降り注いでいる。
 もうこんな時期だというのに、暖かいを通り越し、熱いぐらいだ。
 ふいっ、と唯を振り返ると、眩しそうに目をそばめつつ、駅の周囲を見回している。顔には満面に笑みを称え、実に楽しそうだ。
 そういえば。視線を少し落とす。唯の私服姿を見るのは久しぶりだ。俺も普段から制服で生活しているわけだし、当たり前ではあるのだが、改めて見るとどこか新鮮だ。
 上半身、下半身共に白が基調となった服を着ている。長袖に丈の長めのスカート。その控え目な感じが唯とよく似合っている。流行とかそういうのには疎い唯だが、センスは悪くないのだろう。俺もファッションに関して大した知識やセンスを持っているわけではないが、良い悪いは分かるつもりだ。
 「……」
 「ん、どうかした?隆くん」
 俺の視線に気付き、唯がこっちを振り返る。視線が交差した。
 (う、)
 思わす心中で硬直する。直後に心臓がはね上がった。
 「い、いや、別に……」
 なんとかそれを隠そうとするが、どもってしまう。ここで正直に気持ちを伝えられればどんなに良いことだろうかと思うが。
 (かわいい……とか、似合ってるよ、とかそんな簡単な言葉でも良いのに、面と向かっていえないのは……なんだかなぁ)
 微妙に事己嫌悪。恥ずかしいって気持ちが少なからずどころか、まさに山のような大きさで胸の中にあるのだ。
 唯はどこか不思議そうに首を傾げるが、さして追求しては来なかった。助かった……けど、なんか寂しい。なんでだ?
 「さてさて、こんなとこで立ち止まらずに歩きましょうねぇ?」
 ケータが俺と唯を後ろから押す。唯は普通に「うん、ごめんね」などと言って歩き出す。しかし俺はケータに肩を捕まれた。
 「……なんだよ」同じように歩き出そうとしたところだったため、その不意の圧力に足が前にすべりそうになった。そっと顔をよせてケータが俺に耳打ちする。
 「いやなに、あまり唯ちゃんに見とれて、場の流れを止めるのはなにかな、と思ってな。」
 こいつ、気付いてたか。しかし自分自身、そのことに驚いてないのは、見とれていた自分を認めてるんだな、心の中では。
 「……悪いか?」
 言ってしまってから言葉の選択を間違えてしまった、と気付く。が、時既に遅く、ケータはにやりと表情を歪めた。
 「あぁ、悪いねぇ。彼女でもない人に色目を使うのはどうかねぇ?危ない人っぽいからなぁ?」
 妙にいやらしい物言いをする奴だ。ついでにむかつく。
 「あのなぁ……」
 「ん?なんだい?霧島君」
 すぱんっ。
 いい音がした。俺の右の裏拳がにやけ面にクリーンヒット。さして強くはやってないが、決して弱くもない。案の定、ケータはよろよろと後ろに下がる。
 「あ、あにすんだ……」
 「男が顔を近付けてにやけるな。うっとおしい」
 「ぐっ、そういうのは殴る前に言えよっ!!最初に唯……」
 すぱんっ、ともう一度。
 「それ以上言うか?今度はうっとおしさにエルボーが飛びそうだぞ?」
 「……遠慮致します」
 顔を先程とは別の理由で歪め、また一歩、ケータが後ろに引いた。
 「何やってるんだか……」
 そんな言葉と溜め息を一緒に吐き出したのは、後ろにいた芹さんである。
 「敬太は程度を知らないのよ、だから後々痛い目を見る」
 「だって、見てたろ?少し鈍感な唯ちゃんが気が付かないのは仕方ないとして、誰が見ても色惚けしてる奴を見たら……」
 ……そんなに表情に出やすいのか、俺は。少し気を付けるべきだな。
 「やっぱからかうだろ?」
 ケータはそう断言する。馬鹿だこいつは。
 「……ねぇ、桐島君、私はなんでこんな馬鹿と付き合ってるんでしょうかねぇ」
 同じことを思ったのか、芹さんが呆れ顔で、俺に訪ねる。
 「なら、別れれば?」
 「そうねぇ、敬太、別れましょうか」
 逡循もなにもあった物ではない。芹さんはこれ以上無いぐらいにすっぱりと言いきった。
 「……う、うええぇぇ!?」
 一瞬、何を言われたのか理解できなかったのであろう。一呼吸分の間を空けると、ケータはそれこそ端から見ていて面白いぐらいにうろたえる。
 「冗談よ、馬鹿ね」
 ……芹さんがすぐにフォローを入れ、そして笑い出す。ケータが恐ろしく間の抜けた顔をする。絵にすればコメディアン顔負けの表情だ。それにしたって……
 芹さん、恐るべし。
 先を歩いていた唯だけは、一連の会話が聞こえてなかったらしく、不思議そうに、そして微笑んでいた。

 時間を合わせていたこともあり、比較的待ち時間も短いうちにバスがきた。
 なだらかで平坦な道。しかし窓の外の景色は変化に富んでいて、進むごとに民家の姿は消え、田畑の姿が多くなった。果樹園だろうか、緑色のネットが掛けられた背の低め――と言っても三メートルはあるだろう木々がその姿を見せる。バスの内側の席から窓に張り付く唯の肩越しにそれを眺め、思わず感嘆の声を漏らした。
 「そんなに遠くはない場所にこんな風景があるなんて知らなかったなぁ」
 「そうだね〜、私たちの街には大きな果樹園とかはないからね」
 独り言のつもりで発した言葉に、唯は振り返ることはなく返事をしてくれた。
 それからは言葉少なに外の景色を見つめる。会話が続かなかったが、それは決して嫌な沈黙ではなかった。
 ――心地良い
 そんなことを感じているのは、たぶんこの雰囲気が嫌いじゃないからだ。
 大した言葉はなくても、そこにはケータがいて、芹さんがいて、そして唯がいる。
 「ん?なんだよ、人の顔見てにやついてさ」
 ……このバカ、雰囲気をぶち壊しやがった。
 「それにしても……ほんっと見事になにもないわね〜」
 唯と同じように、バスの窓から外の景色を眺めていた芹さんが言った。うん、まぁそれは俺も感じるけど。
 「まぁ、なにもないからこそ、柳山公園みたいな自然公園が作れたんだろうけどな。土地は安いし自然公園の名目なら大したもの作らなくても人は集まるだろうし」
 ケータにしては珍しくまともなことを言ってるな。
 「ケータにしては珍しくまともなことを言ってるな」
 「珍しく、は余計だ。珍しく、は」
 思わず声に出してしまったらしい。ケータが多少なりムキになって否定してる。これも珍しいことだが、ここで声に出すとまたおんなじ問答になってしまうので、取り敢えず保留しとく。
 「で、そろそろ目的地が見えてきたわよ?」
 芹さんの声に呼ばれ、振り返ると少しだけ森の開けた場所が目に入った。

 バス停を降りると、すぐ目の前は管理事務所だろうか、小さな建物が立っていた。ガラスの自動扉から覗くと、どうやら中に小さなコンビニが入っているらしい。
 逆にいえば建物はそれだけで、開けたところは自然の芝生がきれいに刈り揃えられていて、少し視線を奥に向けるとそれこそ公園のような鉄棒をはじめとする簡易な遊具があった。
 それだけの場所だというのに、人は多い。その多くは家族連れであり、ところどころにはカップルと思わしき男女組も見受けられる。
 まぁ、ピクニックには最適の場所であることは確かだ。
 「霧島〜」
 不意に後ろからケータが呼んだ。
 「ちょっと唯ちゃんとそこのコンビニで買い物頼めるか?」
 「ん?別にかまわないけど……なんか足りないものでもあるのか?」
 たいがいのものは準備してきたはずだが……
 「あぁ。足りないというか、氷が欲しいんだよ。ロック氷。ジュースも何本か見繕ってきてくれ」
 「え?」
 「啓太、朝に買ってくるのをわすれたのよ」
 横から、芹さんが補足説明してくれる。
 「悪ぃ、俺、レジャーシートも持ってるからさ。先に場所取っとくから、頼まれてくれねぇか?」
 珍しく出生な発言に、多少面食らったが、拒否する理由も見つからなかった。
 「俺はそれでもいいけど。……唯はどうする?先に芹さん達と行ってもいいよ?」
 それまで、俺と同じようにその自然公園の景色に見とれていたのか、横で口を挟むことのなかった唯に尋ねた。
 「え?」
 やはりちゃんと聞いてはいなかったんだろう。とぼけたような調子で唯が言葉を返した。
 「だから、買い物」
 「ぁ、うん。買い物なら一緒にいくよ」
 照れ笑いなのか、はずかそうに笑顔をつくる。ちょっとした表情の変化が嬉しいと感じるのは、まぁ胸の内に秘めておく分には許されるだろう。

 実際、買い物にさしたる時間はかからなかった。
 というか注文も曖昧だったから、いくつか目に付いたものを適当に見繕った。
 薄々感じたことだが、実はこの買い物もちょっとした陰謀だったのではないかと思う。俺と唯を二人きりにすることは予めあの二人のうちで決めてあって、あえて足りないものを作ったんじゃないかと。
 「で、どっちに行こうか?」
 唯が尋ねてくる。そう言えばケータたちは具体的にどこで待ってるとは言っていなかった。
 とは言え、この公園の敷地は広大だ。小さな遊園地であれば一つが収まってしまうぐらいの敷地がある。
 「まぁ芹さんが付いてるし、適当に歩いていけば見えるところにはいると思うけど」
 まぁ自信はない。が多分大丈夫だろう。そう、芹さんが付いてるしな。ケータだけなら限りなく不安だが。
 「そうだね。少し歩いて探そう」
 同じことを考えたかどうかは分からないけれど、唯も微笑んで答えてくれた。
 遊歩道を二人並んで歩く。
 ふわり、と透き通った風が頬を撫でるように後ろへと流れていった。
 「気持ちのいぃ風だね〜」
 「ほんとだな。今日がいい天気で良かったよ」
 くすぐったい風邪に、少し空を見上げる。
 「きれいな水色の空だな。雲もほとんどない。こんな快晴がちょうど今日でホント、良かったよ」
 つられるようにか、唯も隣で空を見上げた。
 「そうだね〜。この空みたら、どっかで聞いた言葉を思い出したよ〜」
 「ん?どんな言葉だ?」
 「水色の絵の具バケツをひっくり返したかのように……だったかな?少し違ったような気もするけど」
 「空一面が一つのキャンパスか。白を少し引いてやれば、いい感じな雲もできるな」
 どうでもいい会話。何気ない日常の会話。
 たくさん話したわけでは無かった。しかし、言葉すくなではあったけれど、唯は笑顔でいた。会話が切れた時、その横顔を見ていると不意に、唯がこちらに振り向いたり。
 心臓が跳ね上がる。大きな波が体を襲った。
 「どうかしたの?」
 「ぃ、いや、なんでもないよ」
 思いっきりどもった。これでは何かある、と言っているのと同じだ。
 まぁ相手が唯であったのが幸いした。軽く小首を傾げ、頭の上に『?』を浮かべただけであった。
 その様子に俺はひとまず胸をなでおろした。彼女のことを意識していることを否が応でも自覚した。
 いや、今までも意識していなかった訳じゃない。ただ、それに気がついていなかった。唯の告白から、その意識している事が余計に表に出てくるようになった。
 多分、もうあの告白を受けたときから。いや、それ以前から、自分の心に答えはあったんだろう。
 街の絵━━━━あれを完成させるまで、待って欲しいと言った。
 それはコンクールの為に絵に集中したいという意味よりは、自分の中の思いをまとめる時間が欲しかった。
 ただ混乱……戸惑ったあの時、既に気持ちはそこにあったんだ。
 でも今、唯には言えない。
 唯は約束を守って、あの絵の完成を待ってくれている。
 不安だってあるだろう。それでも、待ってくれているんだ。
 あの絵は、コンクールの為に。でもそれ以上に、自分の思いを伝えるための決意として。
 必ず、完成させるよ。
 唯の横顔をもう一度見て、そして強く想った。







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