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永遠のパラドックス

 憂鬱な学業も時間と共に過ぎ去り、放課後となった今。唐突なドンっという音に浅くなっていた睡眠を遮られて俺は顔を上げた。
 「ちょっと佳祐?まだ始めてから数分しか経ってないでしょ?」 そこに俺を起こした張本人が憮然とした表情で俺を見下ろし、佇んでいた。
 「……深冬、別に邪魔と抜け逃げはしないから、せめて寝かせてくれ……」
 「何言ってるんだか。あんたに司会進行を手伝えとは言わないから、せめて起きて参加しなさいよね……」
 目の前で大仰にため息を吐く。そいつ━━━━進藤深冬は普段つり目がちの表情をやれやれ……といった感じで歪め、力なく肩を落とした。
 「クリパまであとちょっとしかないのよ?他のクラスはもうやること決めて準備始めてるんだから、このクラスも急がないといけないのに……」
 俺相手にぼやくな。んなこと今更どうなるものでもあるまいに。
 「そうそう、コイツにんなこと言っても無駄だって。佳祐には当日の役割分担だけ決めといてやりゃあ良いんだよ」
 次には深冬の後ろから大柄な男が近づいて来て言う。この男こそもう一人の実行委員、大野司。通称、大佐だ。
 「さすがは大佐、俺んこと良く解ってるじゃないか」
 「まぁな。深雪に負けず劣らず、お前とは何年の付き合いだと思ってるんだ?」
 拳を一つ、飲み込めそうな程の大口を開けて、大声で笑い出す。
 俺は気だるげに上げた顔をそのままに深冬に目線を移す。
 「つか深冬だってそれぐらい分かってるだろ?大佐と同じ頃からの付き合いだし……」
 「まぁ、世界最悪の腐れ縁だしね。いっそ腐りすぎてあたしとあんたの縁がちぎれてくれればいいのに……」
 「俺とおまえが?契る?いや、ありえねぇし」
 衝撃。視界がゆれる。
 「おがッ!!」
 直後、意識が一瞬、トんだ。
 「千切れる、よ!!このバカっ!!」
 ぼっと一瞬で顔を赤くして、書記用だろうか、持っていたノートを俺の頭に叩きつけたのだ。しかも背表紙を。痛烈な衝撃が体を駆けた。
 その長い髪を振り、長身から繰り出される攻撃は体重が乗っていてめちゃくちゃに痛いっ!!
 「当然の報いよ!!そのまま死ね!!」
 「振りかぶるなっ!!二撃目はヤメれ!!マジ死ぬ!!つか冗談くらいわかれっ!!」
 俺は周囲に視線を送り、助けを求める。がクラスメイトの誰一人として俺と目を合わせはしない。所々から奇異の視線は感じるものの、毎回のようにやっているからか皆して我関せず、関わる気は零だ。ちなみに俺の周囲2メートルには、そこにあったはずの机、クラスメイトの姿はなく、ドーナツ化現象、皆様待避済みときた。恐るべきチームワークならぬクラスワークである。
 「ひでえ……」
 ちなみに翔のやつも同様に憐れみの視線を投げつつ待避済み。
 『おい、お前も哀れんでないで助けろよっ!!』
 『バカ言うな。わざわざライオンの前に飛び出していくシマウマはいねぇよ』
 『お前なら三回死んでも生き返れるって!!』
 『無理無理、そいつの前に出たら五回は死ぬって』
 『んな無慈悲なっ!?』
 『屍は拾ってやるよ。たとえ粉末になっても』
 『形さえ残らないのかよっ!?そもそも粉末なんてどうする気で……』
 『大丈夫、掃除機という文明の利器があるさ。いざぎよく死ね』
 『大丈夫じゃねぇ〜っ!!』
 アイコンタクトで一秒弱。そんな会話を交わし(たような気がして)、別に助けを求めるべく視線を巡らせる。
 写るのは二撃目を繰り出すべく振り被る深冬と━━━━
 「た、大佐、コイツのお守りはおまえの仕事だろ!?」
 多少の希望を持って訴えるが、
 「うん?んなこと知るか」
 一言の元に切り捨てられた。
 「この薄情者ー!!」
 とそんなことを言おうとして、しっかり言えていたかは定かではない。その理由は直前直後か深冬の一撃がきれいに俺の意識を刈っていったからだ。


 視界が暗転したのは一瞬で、その後の話し合いには嫌々ながら起きて参加させられた。ってのも、事あるごとに深冬がこちらを睨んできたからだ。
 「……ということでいくつかの案は出てきたワケなんだけど、」 まぁここは流石に深冬だ、と感心させられた。やることはやる。横にいる大佐なんかまるで置物みたいに黙ってやがる。
 さてっと。俺はじっくりとタイミングを見計らう。鳴かぬなら鳴くまで待つような事はしない。寝れぬなら、寝れる状況を作ったらいい。つまり、この教室を脱出すればいいのだ。
 寝かせてくれないのだから取る手は最終手段。しかしこれがそう簡単じゃない。
 さっきの出来事もあり、深冬はちらちらとこちらを伺ってきたりしているし、大佐は……まぁ深冬の味方と考えていいだろう。この二つの壁はでかい。
 一方、俺が使える駒は……
 と、目だけ動かして周囲を探る。んで、目があったのは……
 『ん?なんだよ?』
 ……こいつは却下。役立たずの最たる物だ。しかしアイコンタクトが通じてしまうのはなぜなんだろうか……?
 「……で、予算的には……」
 相変わらず教卓の前では深冬が話し合いの司会をつとめている。
 それにしても良くやるよ……そんなにしっかり者してんのも大変だよなぁ。昔っからそうだ。いったい何のために装ってるんだか……
 俺はいつでも他人をどこか醒めた目で見ている。その人に対して、一歩引いた見方をする。
 ある種の癖か、口にこそ出さないが、それは自分であっても時に嫌悪の対象になる。
 ……嫌な感じだ。
 それは軽い自己嫌悪か。やることもなすこともないままに。妙な倦怠感に包まれたままに、その放課後のロングホームルームは終わりを告げた。
 結局、最後まで抜け出さなかったが、しかしなにを話していたのかも曖昧にさえ分からなかった。

 頑張ってくれている深冬には悪いが、俺はこういったイベント行事は好きではない。
 翔みたいに女の子目当ての奴は勝手に浮かれてりゃ良いさ。
 深冬みたく、本気で文化祭を成功させようって奴も、勝手にやってくれ。
 こっちまでそれを持ってくるな。夢も無いし、希望だって無い。高校なんてのは、『高卒』といった見かけ倒しの証拠を手に入れる為だけに行ってるようなもんだ。そんな俺に、高校生活を楽しめだの、そういうことはうっとおしい以外の何物でもない。
 それは常日頃から思っていることだ。変化のない学校生活は退屈だし、毎日が過ぎていくたびに、その日々は霞掛かったように薄らいでいく。
 もう夕焼けが空を赤く染める頃、いつも通りの屋上。金網に囲まれた給水棟に登ってタバコを更かしながら、ただぼぅっとそんなことを考えていた。
 立ち上る煙が夕空に薄く消えていく。
 「……たりぃなぁ」
 まったく、何をとってもそんな感想しか出てこない。なにをするでもなく、時間だけを消費していく。その場にあって唯一、その時間がいまだに動いているのを示すのは、どんどんと煙と灰になって消えていくタバコだけだった。
 「もう、灰になった、か」
 ポケットから携帯灰皿を取り出して、そこに放り込む。いくら学校側が不良視していようと、タバコのそこいらへのポイ捨てはマズい。そんなことをすれば、さすがの学校側も黙ってはいないだろう。
 グギィィィ……
 「……ん?」
 どこか耳慣れた音に、出そうとした次のタバコを箱に押し込んだ。小さな音だが、これは屋上への鉄扉を開ける音だ。
 これは……翔の足音じゃないな。あいつならもっとバタバタしてるはずだ。でもこのゆったりした感じは……?
 少なくとも俺の知るリズムの足音ではない。
 ふい、とそちらに振り返る。
 ━━━━長いグレーの髪の毛がみえた。
 その髪は左右で二つに別れているが、根元で山吹色のリボンで纏めてあるだけで、その先は長いストレートが腰の少し上あたりまで伸びている。
 あれは同じ学年の……名前は確か……
 「宮沢若菜……だったか」
 小さくつぶやいただけのつもりだったが、どうやら聞こえたらしい。宮沢はくるりとこちらを振り返った。
 「なに?唐突に人の名前を呼んで」
 俺がそこにいることに驚いた風も無く、ただ悠然と。夜と夕方の狭間の色を残した空をバックに、彼女はそこにあった。
 「そういうあなたは……藤本佳祐ね」
 それはただの確認であったのだろう。俺に対してもさしたる興味も見せず、屋上のフェンスに向き直る。宮沢はそれから何をするでもなく、フェンスに寄りかかるように外に広がる街を眺めていた。
 宮沢に対して特別な興味もなかった。俺の名前が知れているのは、まぁ分からなくもない。しかし俺がここにいることを知っていて屋上を訪れたのなら。
 珍しい奴だと思っただけだ。そもそも屋上自体が、俺と翔の溜まり場になってるせいで、一種のブラックスポットとして学校中に知れ渡っているはずだ。
 だからといって、そこを訪れた奴に俺らが何かをすることもない。
 宮沢に倣うようにではないが、俺も向き直るとポケットからセッターの箱を取り出し、そこから一本口にくわえる。
 ライターがカチリッという音と共に火を灯す。既に太陽の沈みきった夜の入り口に、その火はやけに映えた。
 ゆっくりと昇る煙も、夜の闇に紛れ、見えなくなっていく。タバコは長い時間持つわけもなく、俺はまた吸い殻を灰皿の中へ押し込む。
 もう暗い……帰るか。
 そもそもこの時間に屋上に登ったのだって、家じゃ美里がうるさくてタバコを吸えないからだ。目的さえ果たせば、後は帰るだけだ。
 立ち上がると、低い金網に足をかけ、給水棟から飛び降りる。
 屋上の入り口に向け、振り返る。と、宮沢はいまだそこにいた。 「なにか見えるのか?」
 声を掛けたのは多分、気まぐれだろう。もちろん返事が返ってこなければそれでも良いと思っていたし、なにより宮沢が屋上に来たときの会話からも、俺に対する興味を持っていないだろう彼女が返事をしてくれる確率の方が少ないだろうと考えていた。
 「なにも。ただ見えるのは、この街の灯りだけよ……」
 「そんなものを見てて、何か楽しいのか?」
 「いえ、何に対しても、楽しいなんて事はないわ」
 だから彼女との会話が成立したのは多少なりともおどろいた。
 「楽しくもないのに、ここから街を見てるのか?」
 純粋な疑問をぶつけたのは好奇心からだ。ここから、をより強調したのは、なぜ誰も近寄らない屋上にあえて来たのか聞きたかったからか。そのあたり、俺自身がよく解っていなかった。
 「あなたと同じ、単なる暇つぶし。それともあなたは、ここでタバコを吸っていて楽しいのかしら?」
 淡々とした口調で話す。今の言葉でさえ、宮沢が言えば皮肉に聞こえないのだ。そう、それは単なる確認のようで。
 「半分正解、半分ハズレだ。暇つぶしもあるが、なによりここ以外じゃタバコは吸えないんだよ。ま、楽しいかと聞かれれば……」
 俺は無駄に周囲を見回す。そう、無駄だ。そこに広がるのは何の変哲もないコンクリートの地面とそれを囲う金網。その外には夜に沈んだ見慣れた街並み。何も、変わらない。
 「楽しいわけないだろ。皆が見て驚くような目新しい物があるわけじゃない。写真家がカメラに収めるような綺麗な景色が見える訳じゃない」
 ここの時間だけはいつまでも停滞している━━━━そんな風にまで感じるほどに、変わらず、変われぬ場所。
 「その通りね……ただ、学校の中では一番高い場所……」
 ポツリと。俺がまるで居ないかのような。どこを見ているのかまるでわからない。
 「宮沢はここに何しに来たんだよ?」
 もう一度、尋ねる。ふと、なぜ自分がこの初対面ともいえる宮沢に話しかけているのだろう?と考える。
 「言ったでしょ?暇つぶしだって」
 それはおそらく、ここにいるのに、ここを見ていないかのような彼女に、ちょっとした興味に似た感情を覚えたからだろう。
 「何でここなのか、て意味だ。普段はこねぇだろ」
 そう、しかし俺はその感情が単なる興味ではないこともはっきりと自覚していた。
 「別に……どこでも良かったわ。高い場所なら」
 「高い……場所?」
 その時、宮沢は初めて俺を正面から見て、笑った。どこか諦めたような、疲れはてたかのような、そんな表情で笑っていた。
 「だって一歩足を踏み出せば……ここから落ちれば死ねそうじゃない?」
 それはまるでひびの入った壊れかけのガラスの彫像に触れているかのような。ちょっとした興味と恐怖とが入り混じった、複雑な感情だった。


 いったいなんなんだ、あの女は……
 表情にこそ出さなかったとは思う。しかし初対面で恐怖を感じたのは初めてだった。でもそれだけじゃない。『死ぬ』という言葉を、悪ふざけじゃなく、あれだけ自然に言うことが出来る事に苛立った。
 くそ……気分わりぃ、
 最後まで屋上に残っていたのは俺だった。宮沢はあの発言もまるで無かったかのように、俺の横を通り過ぎて校舎内へと戻っていった。
 俺からそれ以上に話すこともなかった。話せなかったという方が正しいのかも知れない。宮沢も何も言わなかった。
 げた箱で靴を履き替え、昇降口を出る。この時期、この時間の外は、やはり寒かった。
 校門に向かい、校庭を突っ切る。確かに外は真っ暗であったが、背後の校舎から漏れる光は、校庭全体を薄く照らしていた。吐いた息が夜の中で白く上に昇っていく。
 だからそれを俺が見つけたのは偶然だったであろう。校庭の校舎に近い場所、そこに白い何かを見つけた。
 なんだ……?
 暗い地面に唯一、映え見える白。シルエットはまるで四角い蝶のようだった。
 ……紙飛行機?
 近づいていき、左手でひょいと拾い上げる。
 それはルーズリーフによって作られた紙飛行機だった。それが只の━━━━普通の紙飛行機ならその時点で興味を失うだろう。だが、たまたまだろう。俺はその紙飛行機の翼に、奇妙な斜め文字を見つけた。
 それはルーズリーフに書かれた文章。紙飛行機の作り主が書いてから折った、あるいは既に書かれていたものを折ったのだろう、文字は紙飛行機の中まで続いているようだった。
 ガサガサと少々乱暴に、紙飛行機を開いていく。

 『
 許されることはないのでしょう。
 それでも。
 ごめんなさい。
 』

 なんだこれは……?
 紙飛行機を開いて、そして記された文章に目を引かれた。
 最初は何かのイタズラ書きかと思ったが、これは一体……
 それが単純に、既に不必要となったメモ紙を、紙飛行機にしたとは思えなかった。
 それはおそらく誰かに宛てた文章。
 紙飛行機に……手紙?
 しかしそれにしては文章量も少ないし、宛先もなければ差出人もない。それに紙飛行機にして飛ばしたということは、例えそれが手紙であっても、まず届くことはないだろう。相手が俺のように、ちょっとした興味で紙飛行機を拾う人間で無ければ。
 ……まぁ、どうでもいい。
 それが何であるにせよ、俺に出来る事はない。明日の朝にでも先生なり事務員なり、あるいは登校した生徒なりが見つけてゴミ箱行きだろう。
 紙飛行機を同じように折り目に沿って折り直し、軽く後方へと投げた。
 形がいいのか、その紙飛行機は綺麗に滑空していった。


 「兄ぃー、電話ー」
 そんな声に目を覚ましたのは食事後、自室で半分眠りかけた時であった。
 「んぁ?」
 おそらく階下だろう、そもそも電話は一階にしかない。
 美里の声に半睡眠状態で起き出すと、あくびを一つかみ殺して部屋を出る。
 「誰からだ?」
 これが翔のようなヤツなら、居留守しよう。
 「親父さんから」
 しかし階下から聞こえた美里の日本語は俺の期待した人名ではなかった。それどころかこの電話、居留守をした場合、それがバレたら俺の生命が保証されない。いやマジで。この電話はどんなに嫌でも受けておく事が得策だ。
 嫌々ながらも階段を下り、電話の所へ行くと、受話器をほいっと投げ渡された。もう用事は済んだといわんばかりに、美里はさっさとリビングに引っ込んだ。
 「受話器はボールじゃねぇっての……」
 軽く美里を罵りつつ、受話器を耳に当てる。
 「もしもし?」
 『おぅ、佳祐か?』
 受話器から野太い声が返ってきた。寝起きには頭に響く。ほんの少しだけ受話器から耳を離し、それで答える。
 「なんすか?こんな時間に……」
 『いやな、お前、普段から暇してるだろ?悪いんだが、明日の放課後、いつもの時間にバイトシフト入ってくれないか?』
 親父さん、と周囲に呼ばれているこの人物は、街外れにある小さな喫茶店のマスターだ。バイトの雇い主である。ちなみに、俺はいろんな意味で親父さんが苦手だ。
 「……唐突っすね。しかもこの時間に。なんかあったんすか?」
 『いやな、澪が風邪で寝込んじまったから、裕美が抜けるんだ。それに新しいバイトの子がくる予定で、どうしても人数が足りなくてな。お前なら一番古株だし、なんとかなるかと思うんだが。まぁ唐突な事だし、ある程度の割増でバイト代は出す』
 ……悪い話ではない。確かに明日も暇ではあるし。だが面倒くさくもある。
 『というわけだ。だから来い。』
 「って、なにが『というわけだ。』ですか。結局、『来い』って。俺にだって予定というものが……」
 『じゃ、なんか予定あるのか?』
 「いゃ……無いっすけど……」
 『てかもうシフト表は組んだし、来なければ無断欠勤で給料から差し引くから』
 「……職権乱用って言葉知ってます?」
 『知らん。ちなみにこれは乱用じゃなく、職権の効率的利用だ』
 ……もうどうでも良くなってきた。とりあえず明日が暇なのは事実だし、バイト代も増やしてくれるって言ってるんだ。面倒ってのだけ我慢すれば……まぁ断る理由も見つからなかった。
 「まぁ、良いですけど」
 『うむ、佳祐ならそう言うと思ったよ』
 「親父さんが言わせたんでしょ……」
 五割方は事実だ。しかし正直に言えば、こういう状況で頼られたのは悪い気はしない。だからこれはちょっとした意地だ。
 『些細な事は気にするな。繰り返すが、時間帯はいつも通りで。』
 それに親父さんも気付いてたのか……おそらくは気付いたんだろうな、あの親父さんの事だ。しかしそれでもスルーするあたり、この親父さんも相当意地が悪いと言える。まぁ今に始まった事じゃないけどな。
 「了解っす。ガッコ終わったら、そのまま向かいますよ」
 その場では適当な挨拶を交わして電話を切った。
 確かに面倒ではあるが、親父さんの頼みだけは断れないのだ。
 まぁ、どうでもいい。
 すぐ布団に戻ろうかとも思ったが、電話で目覚めた直後だ。すぐには寝付けないだろう。
 俺は部屋に戻り、制服の胸ポケットから愛用のセッターとライターを取り出す。愛用の携帯灰皿も忘れない。それら三点セットを持ってベランダへ出た。
 普段と同じようにポンッと箱を弾き、飛び出してきたそれを口にくわえる。
 ライターを擦ると、薄い灯りが付いた。ぼんやりと火が夜に浮かび上がった。風は強くはなかったが少し炎が揺らめいて、まるで火がタバコの先から逃げているように見えた。
 大きく肺まで煙を吸って━━━━吐き出す。
 何のことはない一動作。それは吐いた息か、それとも煙か。白い靄は冬の夜に昇り、そして溶けた。それを追うように視線を上げる。
 星が瞬いていた。いつかに眺めた星空。しかしいつかとは違う星空。
 ━━━━もう戻らない時間もそこに閉じこめた。
 それはそこまでで終わった話。既に星空を眺めても、どれがどんな星座なのか覚えていない。
 それを聞いたときは━━━━。
 不意に、灰が落ちた。気付いたら、タバコは半分以上が無くなっていた。
 ……寝るか。
 どうせ明日も学校だ。ついでにバイトというオマケ付き。
 タバコを携帯灰皿の中でもみ消す。
 ……さすがに少し冷えたな。何も羽織らずいたのは失敗だった。
 俺は部屋へと戻ると、窓をしめた。










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