その魔法の向こう側に。その4
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「さて、と」 私は上を見上げる。改めてこうやって足元から見上げると、本当に大きい。それにあの再生速度に魔法抵抗、この魔法を掛けた魔法使いはなかなかの使い手だろう。一度、手合わせしてみたい。まぁ別の世界にその人が生きているかどうかは別として。 いまだ目を回しているレーヴェに視線を向ける。体の原型も残っているし、見た目にはケガも大きなものはない。さすがはバンパイアといったところだわ。 油断をしていたから、というのもあるが、多少なり手加減もしてくれていたのだろうと思う。まがりなりにもバンパイア。魔法の威力にしたってあの程度って事はないはずだ。多少は私のことを考えてくれていたのだろうか。いや、でも最終的に目を回していれば仕方ないわね。 「どうしたものかしら。とりあえず動きを止める方法でも模索すべきね」 再生が完了するや否やゴーレムは襲い掛かってくる。右手を上から下に振り下ろす。直線的な動き。回避は難しくない。私は箒にまたがって、その腕とギリギリの間隔を空けて滑空する。その腕をすべるように頭頂部へ。 魔導書なしでは基本的な魔法しか使えない。それはよく分っている。 「詠唱破棄できる魔法でいい物はあったかしら?」 詠唱が破棄出来ないとなにかと面倒だ。強力なものほど詠唱は長いし、発動に必要な魔法陣も複雑怪奇だ。異世界の言葉や文字を書いたり詠んだり、ましてや暗記なんて大変かつ面倒この上ない。 「えっと・・・・・・まあいいわ。『グラビティバインド』」 一瞬、思い浮かんだ魔法は多々あったが、時間をかけて選ぶ暇はない。私は右手の掌の前に瞬時に書き上げた魔法陣をゴーレムの真上に押し付けた。途端、ぐわっ、と大気が揺れる。魔法陣を起点に球体の紫色の境界に阻まれた空間がゴーレムを包み込む。 次の瞬間にはゴーレムの足が崩れた。石片が周囲に飛び散る。その巨体は支えを失って地面に落ち、さらに沈み込む。 「『グラビティバインド』・・・・・・加減を間違えたかしら?」 箒に左手で捕まって上空に。グラビティバインド・・・・・・その名の通り、重力増加に伴う行動の限定化を狙った魔法だが、重力の大きさによっては自重で圧死させることも可能だ。 全ての物が受ける純粋な束縛、一番身近な捕らえる力を増加させるだけの、バインド系の魔法としては最もシンプルな魔法だ。 シンプルといっても魔法自体は強力。それゆえにこの魔法も元は複雑な詠唱と魔方陣といった術式が必要だった。この魔法の無詠唱化にはなかなか骨が折れた記憶がある。 「これで五分間は・・・・・・持つ訳がなかったわね」 私は自嘲気味に下を見る。そこには既に魔法に対応してか、体部分の体積を減らし、足にあたる部分の体積を急激に増加させた不恰好な・・・・・・すでに人型とはいえないだろうゴーレムがいた。 その質量に力が左右されるゴーレムだ、あの程度のバインドじゃすぐに抜け出されてしまうだろう。 「といっても・・・・・・これ以上強力な『グラビティバインド』だと核まで破壊しそうでイヤなのよね」 バチン、と激しい音がして空間が弾けた。バインドが解かれたのだ。時間にして約一分。あと四分か。 私の姿をすぐに認めたか、今まで足部分にあった質量をまた変化させる。さすが土人形、形などあってないような物だ。ある種、岩スライムとか土スライムとか名前を改変しても言いように思う。 こっちに向けられた腕が急激に伸びた。足にあった質量を腕に。槍のように鋭く、空中にいた私を補足する。 「さて、次の魔法は・・・・・・」 箒に跨ったままに、横に体を倒す。くわん、と箒が進路変更し、いままでに私がいた位置を石の槍が貫いた。 ひょいと、箒から体を離す。右手に魔方陣、左手にも魔方陣。バランスよく箒の上に足でスケートボードのように立ち、体制を前に倒す。ハイスピードでその石の巨人へと滑空する。 「右手に風を。左手に渦を。『隔絶』の『トルネード』」 巨人の真上、ほんの数センチまで近づき、両手の魔法を発動させた。魔方陣二つを一箇所に重ねる。 唐突に、雲が動いた。その魔方陣を基点に周囲の空気が、風が集まり渦を巻き始める。 その渦の中心に、ゴーレムを閉じ込めた。 白い、天空まで巻き上がる風の塔。それは世界を隔絶する壁。風の壁は、それに触れる物を容赦なく切り刻む。 さて、これは力技で解ける魔法じゃないでしょう。ムリに出ようとすればその体は無限の再生能力を持っているといっても細かく砕け散る。 「さて、あと・・・・・・三分」 まぁ魔法抵抗がゴーレムにある以上、核を破壊しないように威力を抑えているあの魔法はそのうち破られるだろうけれど・・・・・・三分持ってくれればそれで良い。 私はゴーレムをそのまま放置して、少し離れた所で目を回しているレーヴェのところに向かう。彼女にはもう少しやってもらうことがあるのだ。 レーヴェの目を回しているところで箒から降りる。あいかわらずこの500年以上生きる幼児体型な吸血鬼は目を回したままだ。 「うきゅ〜・・・・・・」 「というわけで。うきゅ〜、じゃなくて起きなさい、ほら」 右手でレーヴェの真上あたりを指す。私の魔力に呼応するように、そこにバケツ一杯分ほどの水が生まれた。空気中の水分を収束させる、水を生み出す最も簡単な魔法。 ばしゃーん、と顔に被せる。 「わぷっ」 その水の冷たさからか、少し飲み込んだからか、レーヴェは目を覚ましたようだ。 「げほっ、げほっ、な、なにを・・・・・・」 「おはよう、よく眠れたかしら?」 「げほっ・・・・・・あれ、セーラ?おはよう?」 「・・・・・・まだ寝ぼけてるのかしら?」 ひょいと右手を振る。 ビィーン、と。 「いひゃい、いひゃい、起きてます、はい」 レーヴェの頬を魔法で真横に引っ張ってやると、ようやく状況を把握したのか、また半泣きでやめてーっ、とほっぺたを押さえている。というか本当に寝ぼけていたあたり、やっぱりレーヴェは他の吸血鬼とは違うのかもしれない。明らかに馬鹿だ。 「で、ゴーレムは?」 「あそこ」 私が後方を指差す。そこには未だに竜巻が空を突いていた。レーヴェに構っている間もどうやら魔法は保っていてくれたらしい。 「て、森が無いんですけど」 「ん?」 あぁ、そういえばグラビティバインドと竜巻でここいら一区画は禿森になってしまっている。 「あたしが森壊さないよーに下で接近して戦ったのに〜、」 「吸血鬼のバカみたいに強力な肉体と一緒にしないで。私は接近戦は専門外だわ」 生身の体であんな拳を受けたら死ぬ。普通に。というより、 「レーヴェがもうちょい時間稼ぎしてくれれば問題なかったのよ」 接近戦で攻撃をかわし続けられるのならば、周囲への被害は最小限になる。 「だって・・・・・・」 「だっても何もないでしょ」 「うぐぅ」 「そのネタはどうかと思うわ」 バチン、と音がした。後ろを振り返れば、風の竜巻の中から茶色だったり灰色だったりな土と石が混ざったゴーレムのそれが見えた。もうしばらくもすればあの魔法も破られるだろう。 「あれ、どーすんの?」 レーヴェがそちらを指して私に聞く。 「とりあえずミレイユに魔導書を取りに行ってもらってるわ。それが着けばすぐに術式を組んで、それで終わり」 「で、あたしに何をしろと・・・・・・?」 恐る恐るといった感じでレーヴェはこちらを振り返った。 「あら、物分かりが早いわね。ミレイユに届けてもらう魔導書の魔法ね、あれまだ詠唱とかの簡略化は出来てないのよ」 「なんかとってもいやな予感がする・・・・・・」 「よろしくね。時間稼ぎ」 私はそういってレーヴェに笑いかけた。 「嫌だぁぁぁぁ!!」 「あら、拒否権はないわよ?あなた一回アレに負けてるんだから。次は私の番。私の方法に付き合うのは当然でしょ?」 「無理やりだ!!しかも破壊するなって言うんでしょ?」 「あたりまえじゃない。そのための魔法が書かれた魔道書をミレイユに持ってきてもらうように頼んだんだから」 バキン、と再び背後で音がする。振り返れば、今度こそ竜巻の壁はゴーレムの魔法抵抗、物理的防御力の前にほぼ効力を無効化されていた。もう、持たない。 風の壁から出てきたゴーレムも、しかし無傷ではなく。四肢はかろうじて繋がっている程度。体も元の大きさは無く、覆っていた土や石は相当量剥ぎ取られている。再生を既に始めているようだが、全てが再生するには少しの時間は必要だろう。 「マスターっ!!取ってきましたっ」 そのとき、頭上から声がした。上を見上げると白い羽が数枚、舞い落ちてきた。その腕には古び色あせた魔導書が一冊。 「ベストタイミングだわ、ミレイユ。それじゃ、私は術式に入るわ。後はよろしくね?レーヴェ」 「ああ、もうっ!!やればいいんでしょ、やれば!!」 私は箒に跨って上へと上がる。ミレイユから魔導書を受け取り、箒の上に立ち上がって魔導書を正面に。 「一分で十分だわ」 そういって私は下にいるレーヴェに言った。なんだかんだ言いつつ、役目を受けてくれる相棒に。 「了解っと」 そういってレーヴェは地面を蹴った。黒の外套がはためく。レーヴェはゴーレムへと迫っていった。 さて、私は私の仕事を。 「ありがとね、ミレイユ。疲れたでしょ、休んでいて良いわ」 「いえ・・・・・・大丈夫です」 この子も健気だ。私は微笑んでミレイユに言った。 「じゃぁ、魔法の術式の間、私の周りをお願いしても良いかしら?」 「!?・・・・・・はい」 一瞬、驚いたようだったが、また彼女も微笑んだ。 さて。 私は魔導書に魔力を乗せる。 魔導書は怪しく光って、私の眼前へと浮遊、そこでそのページを開く。 私は自分を中心に魔方陣を描く。空中に青く輝く魔方陣が出来上がり、私は開始となる魔法を唱えた。 「リード【Lire】」 ペララララ・・・・・・と本のページが一気にめくれはじめ、とたんに大量の情報が頭の中へと流れ込んでくる。私はそれを次々と魔方陣、詠唱、同時に処理をしはじめた。 人使いが荒い。でもセーラが一分といったら必ず一分で終わるはずだ。 あたしはゴーレムへと肉薄する。これ以上、森を壊されるのは嫌だし、そのためには接近してひたすら避けるのが一番だ。 先ほどは一撃を貰ってしまったが、次はない。 あたしは後ろを振り返る。既にセーラは術式に入っていて、その周囲を無数の魔方陣が覆い包んでいく。それでもいまだ彼女の手も口も止まらない。恐ろしいまでの詠唱、記述速度。 まったく、セーラには敵わないな。 ま、私は私の仕事をこなせば良い。 とはいっても・・・・・・ 「かっこわるいなぁ・・・・・・」 思わずため息が口をつく。破壊するとか言っておきながら、出来れば核は残してあげられれば、なんて考えた挙句、手加減したつもりで油断して、その上に一撃で目を回すとは。我ながら情けない。 実際、本気で『牙』を打ち込めば崩壊させることぐらいは出来るだろうけど・・・・・・結局のところ言い訳だ。 ゴーレムを見れば、四肢の再生を既に終えているようだ。今にも攻撃してくるだろう。 分ったことは。 核があるのは胴体の中心部。時間稼ぎをしつつ、相手の反撃を防ぎ、なおかつ核も傷つけないためには、あの石だか土だかの四肢を吹き飛ばせば良い。 私はゴーレムの足元へと低空飛行で肉薄する。 「正直、血を吸ってない分あんま力は使いたくないんだけどなぁ」 まぁでも、さっき油断した分そうも言ってられないか。 私は自らの腕に噛み付いた。尖った犬歯が腕に容赦なく突き刺さり、血がにじむ。 「覚醒レベル1・・・・・・」 自己覚醒は長時間は持たないし、何より痛いから嫌だ。けど・・・・・・さっきの失敗もあるし、方法を選んでる暇も無い。 吸血鬼の特性、血を吸う事。それは要は血液が誰のものであるのかを問わないのだ。エネルギー源として利用できれば、それでいい。 あたしは自身の体の中から熱くなるのを感じた。きっと今、あたしの目は赤く輝いていることだろう。 「『紅き牙の槍』」 魔力の精製、具象化。そのプロセスを高速で処理し、紅く輝く槍を形成する。魔法自体は先ほどと変わらない、同じものだが、その輝きが違う。輝きに比例する魔力でそれを精製し、魔力に比例した威力がそれには込められている。 そう、吸血鬼にとっての覚醒は肉体的にも魔力的にも一時的な上昇をもたらすのだから。あたしはその紅に輝く魔法を、今度は投擲する為じゃなく、ただ振り抜き扱うために握りしめた。 とん、と地面を蹴る。動きの遅い拳が今まであたしが立っていた地面を砕く。 ごぅん、と激しい音と飛び散る土片は大して気にならない。先の戦闘に比べ、その拳は恐ろしさのかけらも無かった。どれだけの威力があろうと、当たらなければダメージはない。 あたしはその地面へと突き立てられた石の腕にワンクッション置く。三角跳びの要領だ。斜めになったゴーレムの右石腕を足場に左腕の付け根、肩口目掛けて、足場を蹴った。 ゴーレムにかわす術は無いはずだ。それほどにゴーレムの動きは遅く・・・・・・もとい、あたしのスピードが早すぎるから。 今の覚醒時の脳内を巡るアドレナリンが、吸血鬼が元来より持つ超感覚をさらに研ぎ澄まさせているのだ。思考の加速が周囲を遅らせてあたしに見せる。 ゴーレムの左肩が目の前に。あたしは『紅き牙の槍』を振り上げた。 「そぉ、れぇっ!!」 すれ違いざまに振り抜く。赤の閃光がゴーレムを突き抜けた。 槍の名を持っていても、この魔法に鏃は無い。刃も無い。あたしが鏃と思ったところが鏃であり、刃だと思ったところが刃なのだ。 腕が、肩から地面に落ちる。それはゴーレムの右半身についていた物。地に落ち、その重量が轟音を響かせた。 叫び声は無い。所詮は石の人形だ。 空中で静止、反転。空気の壁を貫いて、赤の閃光となったあたしはゴーレムの両足をも切り伏せる。支えを失ってその巨体が地に伏す。再生こそ始まっているが、左腕一本では当分は動きは起こせないだろう。 「ま、ざっとこんなもんね」 徐々に力が抜けていくのがわかる。おそらく瞳の色も元のそれに戻っているだろう。たった数秒、自己覚醒は口に入れた血の量にもよるが、もって数分。さっきはほんの一口だったので数秒しか持たなかったが、まぁ十分だ。実際ゴーレムはほぼダルマになってるし。 「さっきはなかなか苦労したけど、やっぱ覚醒すればラクね」 うん、痛いけど。自らの口で噛み付いた左腕はいまは血も止まっているが、神経を刺激するようなズキズキする痛みが走っている。吸血鬼の唾液に含まれる血液凝固成分が効いているのだろう。 「セーラ、もう一分経ったでしょ?」 あたしは羽を羽ばたかせて高度を上げる。森の木々の上に出ると、恐ろしく巨大な魔法陣が目の前にあった。 「わぁ、」 円形の魔法陣の中心にセーラはいた。青空の下でなお映える蒼の魔法陣。直径は十数メートル、術式はすごく複雑だけと、しかし中央、セーラの位置の周囲二メートル程は何の記述もなく、そこだけがぽっかりと空いている。 時々、セーラの周囲には空気に亀裂が疾る。一体どれほどの魔力を精製しているのか、あれは実体を視認出来るほどの高濃度の魔力が漏れたものだ。 綺麗・・・・・・。 魔法陣にしてもセーラにしても、とても綺麗だった。彼女の髪の毛が風にさらわれてか柔らかに舞い上がっては肩に落ちる。 彼女の目前に浮かぶ分厚い魔導書は薄い蒼光を帯びて一枚、また一枚と自動的にページが捲れる。そのたび、彼女を囲う蒼の美しき魔法陣に新たな蒼のラインが自然に描かれていく。 「もう終わりますよ、レーヴェさん。最後の一ページです」 いつの間に隣に来ていたのか、白い翼をはためかせてミレイユもまたその幻想的な光景を眺めていた。 音もなく、セーラの目前の魔導書の最後の一ページが捲れ、それに続くように背表紙がぱたん、と閉じる。魔法陣に最後のラインが書き込まれた。 「完成、かぁ。相変わらず恐ろしいまでの構成スピード・・・・・・」 感嘆せずにはいられない。魔導書、しかも辞典系ではなく一冊に一つの魔法しか記されていないタイプのものをこうもハイスピードで組み上げるとは。 「ふぅ……。これで、いいはず。ミレイユ、魔導書を持っていて」 「あ、はい、マスター」 ミレイユがその役目を終えた魔導書をセーラの手から受け取る。その魔導書からは今は、先ほどまで称えていた光は失われていた。 セーラは今しがた完成した巨大な魔方陣を見上げた。 「いったいどんな魔法なの?核となる暗命石を破壊せずに手に入れるような魔法って・・・・・・」 セーラの造る魔法はその時間から規模を推測することはできないが、しかしその後ろにある魔方陣の大きさ・複雑さからよほどの物であることがわかる。込められた魔力も相当なものだ。 セーラはあたしの問いに薄く笑って答えた。 「秘密。まぁ見てなさい」 セーラは両手をゴーレムの方へと向ける。ゴーレムは、その破壊された手と足とを再生しようと周囲の地面を削りながらもがいている。 「収束【Convergence】」 セーラがその補助魔法を唱えると、背後に広がった蒼の魔方陣が掌の前に収束、縮小された。より蒼く光り輝くそれをゴーレムへと向ける。 「―――発動【Decharge】」 なんて綺麗で、美しい蒼。 瞬間、発動。 セーラの正面に構えられた魔方陣から、巨大な光の筋がゴーレムへと伸びる。 辺り一帯が強く、光り輝いた。 |