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その魔法の向こう側に。その3


 
 私の声が森に木霊するその前に、振り降ろされた巨人の石腕がその声をかき消す轟音と振動を響かせ、飛び散る土片が私の全ての視界を完全に閉ざしました。
「きゃっ!?」
 私はそこから逃れようと白い翼を羽ばたかせ、上へと上昇します。飛び散るのは砂か小石か、勢いよく私の羽を叩きました。
「ま、マスターっ?!レーヴェさん?!」
「ミレイユ、こっちよ」
 声の聞こえた方へ顔を向ければ私よりも高度の高いところに箒に右手だけで吊り下がったマスターと、その側にレーヴェさんもいました。まさか・・・・・・とも思いましたが、二人とも無事に逃れたようです。
「あれがゴーレム・・・・・・まぁギリギリ人の形はしてるけど」
 確かにレーヴェさんの言うとおり。ゴーレムの頭上へと上昇すれば、ようやくその全体像が見えてきます。ずんぐりむっくりとしている岩人形、四肢はありますが、しかし頭にあたる部分は何もなく、いわゆる首がない状態です。
「別にいいんじゃない?核は何も頭にある必要はないし。というより攻撃に役に立たない頭の分を削って、その分、体の装甲が厚いならそれは良い設計よ」
 それだけ強い魔法が掛かってないと出来ないことだわ、とマスターは言いました。
「それが良い設計ほどあたし達は苦労するんじゃないの?」
「えぇ、それは当たり前でしょ?実際、あの体の大きさでなかなか素早いし」
 レーヴェさんとマスターが話している間にもその腕は私達へと伸びます。
 ふぅんっ、と大質量が風を切る音がすぐそこで聞こえます。その石の腕が私達を捕らえようと急速に伸ばされました。
「わっ、」
 素早く羽を羽ばたかせて私は高度を上げました。あんなのに捕まったらたまったものではありません。同じように、マスターとレーヴェさんも上へと距離をとりました。
「ここまで来たら届かないでしょ、さすがに」
 レーヴェさんが下を見下ろして言います。確かに十分な高度です。ゴーレムの体長と腕の長さを考えても、届くことはないでしょう。
「でも、あれをどうしましょうか?」
「セーラ、なんか無いの?」
 私も、レーヴェさんも揃って、箒に腰掛けたマスターを見ます。しかしマスターは首を横に振りました。
「今回は石の採集だけが目的だったから。あいにくマジックアイテムの類は持ってきてないのよね。吹き飛ばすだけなら出来るけど」
「・・・・・・吹き飛ばす事の何がダメなのよ?」
 確かに。レーヴェさんの言うことはもっともです。ゴーレムを止めるという意味ならば、吹き飛ばせば事は済むはずですが・・・・・・?
 しかし、マスターはさも当然であるかのように言います。
「だって、吹き飛ばすと貴重な石まで無くなっちゃうじゃない」
「えー、この際いいじゃん、そんなの」
 レーヴェさんが呆れたように言います。
「良いわけないでしょ、私の次の研究対象よ?というか避けなくていいの?」
「え?ぶっ!?」
 気が付いた時既に遅く、空へと飛んできた木がレーヴェさんをさらっていきました。・・・・・・いや、そう見えました。
「霧状態になったの、間に合って良かったわね」
 マスターは言います。と、先ほどレーヴェさんがいた場所に、空気が集まって、また小柄な黒がそこに現れました。少し遅れて、遠くにずどん、と木が空から落ちる音が聞こえました。
「あぶなーっ、セーラっ!?もうちょっと早く教えてよ!!」
「気がつかない方が悪いの」
 霧になる。そのバンパイア特有の能力で回避したようです。私はすこしほっとしました。
「それにしても。さすがは戦争用の兵器魔法よね、なんとしても目標を破壊するように組んであるわね」
「関心するのはそこですか・・・・・・」
 下を見れば、ずんぐりした石巨人は森の木を引き抜いて、私達に投擲したようでした。見かけ通りというか、凄い力です。そんな間に次弾・・・・・・次の木が引き抜かれて、ゴーレムに担がされました。次は誰を狙っているのか?
「マスターっ?!」
 ぶぅん!!と風を切り、木が飛来します!!
「『ブラスト』―――」
 瞬間、マスターが正面に掲げた右手の掌の先に魔法陣が形成、そこから収束した光の束が発せられ、飛来した木を包み込み、消滅させました。
「ミレイユ、セーラの事なんて心配するだけ無駄よ?」
 その圧倒的な光景に、しかしレーヴェさんはため息一つ付いて、私に言いました。
「まぁそれにしたって・・・・・・」
 レーヴェさん共々、再び視線を下げれば、ゴーレムはまた次の木を引き抜きにかかってます。
「あれだと、すぐにこの森が消えて無くなりそうね」
 マスターの言うとおり、その巨体が動く度に木々はへし折られ、新たな木が投擲されては、また新たな木を引き抜いていくのです。
「セーラ、ほんとにどうすんの?方法がないならあたしが破壊するわよ?」
「ん〜、レーヴェが破壊するって言うなら構わないわよ?私は破壊しないって言ってるだけだから」
 意外にも至極あっさりと破壊することを承諾します。マスターの事だから絶対止めるんじゃないかと思ったのですが。
「んじゃ、破壊といきますかぁっ!!」
 レーヴェさんはそれを聞くやいなや、ハイスピードで巨人へと下降していきました。
「マスター、石は良いんですか?」
 私はとりあえず聞いてみることにします。
「良いわけないでしょ?私は石は持って帰るわよ?」
 しかし、マスターの意見は最初と変わっていません。発言がどこか矛盾しているように思います。
「でもいま、レーヴェさんが……」
「ミレイユ、まぁ見てなさい」
 意味深にマスターはそういうと、下を指差しました。そこではゴーレムの足元へ降り立ったレーヴェさんが。ゴーレムの足元にいるせいか、普段以上に小さく見えます。
「貫いて、破壊する……『紅き牙の槍』」
 レーヴェさんの足元に瞬間的に魔法陣が描かれ、赤く発光しました。その魔法陣の脈動に呼応するように、レーヴェさんが頭上に掲げた掌の、また少しだけ上に等身大の赤い紡錘型に似た『槍』が形成されました。
「へぇ?なかなか高密度な魔力ね」
「あの、マスター?レーヴェさんはまがりにもヴァンパイアですよ・・・・・・?」
 ヴァンパイアといえば、最強の肉体、筋力、さらには魔力をもち、夜の支配者といわれる種族なんですが・・・・・・どうもマスターに関わる物はどれも『その程度』な見られ方をしてしまうので、多少かわいそうに思わなくもありません。
 まぁこの人は神様でさえ足蹴にする人ですから。
「さすがにゴーレムも下に気がついたようね」
 視線を再度下に向けると、ゴーレムの腕がレーヴェさんの上から被さる様に襲ってきています。
「貫けっ」
 レーヴェさんはゴーレムの足元から頭上に向けて貫くように、『槍』を投擲しました。
 鋭く速く。それはしかし迫ってきていたゴーレムの掌から吸い込まれるように腕の中に消え・・・・・・上腕部に到達する前に赤い光は爆発しました。
「きゃっ」
 砕けたゴーレムの右下腕が小石となって飛び散ります。それが上空の私達のところまで来るのですからすごい威力です。
 私は羽で、マスターはなんの問題もないように右掌を前へ、そこにシールドを成形して。しかし、レーヴェさんは・・・・・・
「いったぁぁい、」
 その砂嵐が数瞬ですれ違い、その時に下を見れば、ゴーレムの目線上・・・・・・目がどこかは分りませんが、とりあえずその体長ほどの高さの木の上にレーヴェさんはいました。頬に小さな切り傷、飛んできた小石が掠ったのでしょうか。他には黒の外套の裾部分が少し穴が開いていたりしますが、どうやら無事のようです。
「さすがに魔法を撃った直後でシールド等は無理だったみたいね」
「なんなのよ〜もう、」
 マスターが冷静に分析する傍ら、その木の上でレーヴェさんは愚痴ります。
「さて、まだまだがんばってもらわないと。腕破壊ぐらいじゃすぐ再生するわよ?」
 そういってマスターは下を指差します。するとゴーレムの腕は、徐々に周囲の砂、小石を集めて再び形作られていきます。
「ちょっとセーラ、あれどーゆーことよっ!?」
 再生が想定外だったらしく、レーヴェさんはそれを指差して上に向けて大声で叫んでいます。しかしマスターはそれがさも当然であると一つ頷いて答えます。
「当たり前じゃない、もともと土人形だし。ゴーレムってのは術者を倒す・・・・・・今回の場合は核を潰さない限り永遠に再生するわよ?」
「そんなの聞いてない〜っ」
 レーヴェさんはあーん、と泣きそうになりながら上に向かって叫びました。しかしマスターはというと至ってマイペースです。
「泣き言は早いわよ?さらに嬉しい情報。暗命石に呪文を刻む制限というのは殆どなくてね。物理抵抗・魔法抵抗ぐらいは刻まれているんじゃないかしら」
「じゃぁさっき腕程度で『槍』が爆発したのは・・・・・・」
「十中八九、何らかの抵抗が働いたわね。別世界の魔法はあまり詳しくはないけど」
 なるほど、と思ってしまいます。マスターの本心は分かりませんが、私は驚きました。まさかあんなに早くレーヴェさんの魔力が拡散されるとは、思いもしませんでしたし・・・・・・
「ほら、よそ見してる暇はないわよ?」
 そう、長く話す暇を与えることなどなく、ゴーレムはレーヴェさんに接近してきます。
「わわ、」
 ひょい、とレーヴェさんはその木から飛び降りました。その瞬間、今までレーヴェさんの乗っていた木はゴーレムの拳によって跡形もなく吹き飛びました。
 地面に右手を付き、着地したときには既に次の攻撃がレーヴェさんを襲います。ゴーレムの石の腕が右から、左から、上からとランダムに振り下ろされレーヴェさんを襲います。対するレーヴェさんも俊敏に右に左にと木々の隙間をステップでかわしていきます。
「もうっ、しつこい!!」
 レーヴェさんは後ろへとバックステップを踏んで、同時に赤の魔方陣を右手の掌に宿しました。
「『紅き牙の槍』っ!!」
 手から放たれる赤の閃光。その『槍』の一閃はゴーレムの体の中央に狙って放たれました。しかしそれの行く手を阻む両腕がその『槍』の進路を阻むように翳されました。
「貫けっ!!」
 しかし今回の『槍』はその速度と威力の全てが先ほどの何倍か。前に出された腕を正面から肩まで。右腕全てを吹き飛ばし、後ろへと抜けていきました。ゴーレムの体自体の軸がぶれた・・・・・・いや、ずらしたのでしょうか?『槍』の進路も微妙に曲げられていたようです。
「っ?!レーヴェさんっ!!」
「へ?」
 ゴーレムが待ってくれるわけもなく。私が叫んだ時にはその巨大な石腕・・・・・・残った左腕がレーヴェさんの小柄な体を横殴りに吹き飛ばしました。
 まさかのゴーレムの行動。右腕の再生を待つ事もなく、反撃してきたのです。今度は霧化することもできなかったようで、その体は難なく吹き飛ばされました。
「モロに直撃したわね・・・・・・」
 マスターが苦々しく言います。
 激しい音がして、半ばから折れた巨木が崩れました。
 レーヴェさんは黒い弾丸になって、森の木の幹の十数本をクッションにして止まりました。跡には、ゴーレムの動きによって作られた道の他に、レーヴェさんが吹き飛んでできた道がありました。
「うきゅ〜・・・・・・」
「レーヴェさんっ!?」
 遠目からその小柄な黒服が瓦礫となった木々の上に見えたとき、私は後先考えず飛び出していました。
 傍らまで飛んで行き様子を見ると、しかしどうやら目を回しているだけのようでした。さすがはバンパイア・・・・・・
「ミレイユっ、しゃがみなさいっ!!」
 私がそれをかわせたのはマスターの声にとっさに体が動いたからでしょう。
「『ブラスト』っ!!」
 その時、私の後ろでは既に迫ってきていたゴーレムが腕を振り降ろしていました。マスターは両手に一つずつ魔法陣を生成し、片方は私の頭上へ一直線に。
 その収束した魔力の奔流は振り降ろされた左腕を拳から破壊していきました。
 もう一方は膝を。いや、性格には右側の膝下を吹き飛ばしました。バランスを崩したゴーレムは後ろへとバランスを崩し、木々を押し潰し、倒れます。
 ずぅん・・・・・・という地響きとともに、そこにゴーレムの体が横たわります。足を片方、腕は両方ともに失い、すぐには立てないでしょう。しかし、周囲の土、砂、小石がどんどんと収束し、体の修復が始まっているのが見えます。
「ミレイユ、もうちょっと状況を見てからにしなさい。危ないわ」
「す、すみません、」
 思わず小さくなってしまいます。確かに私はレーヴェさんやマスターのようには強くはありませんし、駆け寄ったところで何ができる訳ではありません。
「まぁ、そういうところが可愛いんだけれどね」
 マスターはそう言って私に薄く微笑むと、視線をゴーレムへと移した。ほんの数秒、たったそれだけでそのゴーレムは再生をほぼ完成させていた。
「まあどっちにしても選手交代ね」
「破壊するんですか?」
「まさか。破壊するほどの魔法使ったら森が消し飛ぶわよ?」
 マスターは笑顔のままですが、きっと冗談ではないのでしょう。このゴーレム、それほどに強力な魔法という事なのでしょうか。
「そういうわけでミレイユ、お願いがあるんだけど?」
「はい?なんですか?」
「地下図書室の2673の棚にある64番の魔導書、取ってきてくれないかしら?」
 地下図書室。普段からマスターが篭っている光の入らぬ無限回廊に作られた本の保存室。あそこは危険であるから近づかないようにと普段からは言われています。魔導書の中には触れるだけでその者を狂気に落とすものがあるとか。真実は定かではありません。
「・・・・・・というより、蔵書の何がどこにあるのか、覚えているんですか?」
「?」
 私が聞くと、マスターは何を当たり前のことを?という表情で私を見返してきます。・・・・・・まぁこの人を一般人の枠組みで考えること自体が間違いなんですが。
「往復で5分です」
「早いわね」
「スピードだけなら誰にも負けませんから」
 そういって私は笑った。マスターに任せておけば大丈夫だ、とそう思わせてくれる人ですから。
「あ、レーヴェさんはどうします?」
「置いときなさい。巻き込まないから」
 あっさりとそういう辺り、やはり大丈夫なのでしょうが・・・・・・多少不安でもあります。なにせレーヴェさんが相手ですから。
「あはは、じゃぁいってきます」
「頼んだわよ」
 私が飛び立とうとしたときには、ゴーレムは再生を終え、立ち上がっていました。私の姿を見てか、その手を私へと伸ばします。でも届くことはないと、そこは確信を持っていえます。
 私は羽ばたきました。全速力で。片道20分かかった道のりを往復5分で行き来するために。
 視線は前に。マスターのことです。上手くやることでしょう。
 私は、私の役目をこなしましょう。
 私は勢いをつけて羽を羽ばたかせて、空を切りました。













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