その魔法の向こう側に。その2
|
まったく、この性悪魔法使いめ。 そう言いたいのを抑えて、あたしは先行して進む。そんなこといってしまうと、また今度はどんな仕返しを受けるかわからない。 外は昼間。伝説どおりなら吸血鬼は日の下を歩けないんだそうだけど、あたしはあんまりそういうことと縁がない。多少日の下で気持ち悪くなったりはあるけど、別に灰になったりなんかしない。セーラに言わせれば、希少種らしい。なんとかウォーカーとか。 あたしにとっては自由に動けることはうれしい。でも普段は、自分が黒い翼なので日の光の下を飛ぶのは嫌いだ。暑いし。 「マスター、結局のところ暗命石っていうのは魔法媒体としてはどんな魔法に使われたんですか?」 あたしの後ろを純白の翼をはためかせてついてくるメイド服、ミレイユがセーラに聞いた。 「まぁ私も実物を触ったのは初めてだけれど。実際はどうかはわからないわ」 セーラもお気に入り(らしい)のおんぼろ箒に腰掛け、後ろを飛びながら言った。 「どこかの世界の書物によれば、魔法を刻み込んで発動させることができる・・・・・・機能としてはそれだけなんだけれど、質量の限り半永久的に魔法が持続するらしいわ」 「質量の限り?半永久的?なんか矛盾してない?」 あたしも聞いてみる。今の説明じゃ限りがあるのか永久なのかわけわかんないじゃない。 「魔力消費としては永久機関、つまり物を形作る魔法を刻めば、それが消えることはほとんど無いと書かれてあったわ。ただし刻む魔法が消費型、火の魔法なんかになると、その質量を魔力として削ると」 ん〜わかったような、わからなかったような・・・・・・宝石に魔法を込めるようなものかな。 宝石に代表して、石ってのは不思議なもので、魔法を内包することができるものが多い。昔から物語に出てくる聖剣の柄に石が埋め込まれているものが多いのはそういう理由もあったりする。 あたしなんかは、いや、魔法を扱うものの殆どは、魔力という体内のエネルギーを削って魔法として使う。エネルギーである以上、底はあるし、底を尽けば死に至ることもある。まぁ、多少魔力を削ったとしても魔力は日々刻々と回復していくし、それに困ることはないのだが。 ただ上限もやっぱりある。魔力は上限以上に体内に留める事はできない。だから殆どの魔法使いたちは、いざという時の為に、常時体内魔力を9割に留め、残り1割を石に貯蔵するのだ。まぁ割合なんてその人それぞれだけど、あたしは大体9割が常だ。 「石に魔力を込めるのとは違うのよ。魔法そのものを刻む・・・・・・だからこそ何かのスイッチが入ればいやがおうにもその魔法は、掛けた人の意思を無視して発動するわ」 あたしがそのことを聞いてみると、セーラはそう答えた。 「それって利点あるの?意思を無視するって、要は暴走魔法でしょ?」 「さて、利点はあるわ。考えてみなさい?」 セーラはそう言って不敵に笑む。 ううむ、利点ねぇ。魔法を込めてどこでも発動できる。魔力と違うから後からの変更はできない。でもそれじゃ、水の魔法を使いたくても火の魔法しか使えなかったりってことになっちゃうじゃん。しかも勝手に爆発するって、まるで爆弾のようじゃない。 あたしが唸っていると、セーラは今度はミレイユに言う。 「じゃぁミレイユ、わかるかしら?」 ん〜、と同じように少し考えてから、ミレイユは自信なさげに答えた。 「・・・・・・つまり魔法を込めた主じゃなくても魔法が使えるってことですか?スイッチだけわかれば、魔法を使えない人でも使えるってことになりますよね?」 その答えにセーラはうん、と頷いた。 「さすがミレイユ、8割正解。どっかのコウモリもどきとは違うわね」 「よけいなお世話よっ!!そもそもあたしはバンパイアだっての」 「長く生きてるだけの化けコウモリでしょ?もっと知識を持つべきよ」 あたしはむぅ、と無言でセーラを睨む。至極ごもっとも。確かにあたしは難しいことは大嫌いだ。 「まあまあ、マスターもそのくらいに」 ミレイユが間に入る。あたしとセーラの言い争いなんていつものことなので、彼女はまた落ち着いている。 「で、マスター。後二割はなんです?」 ミレイユが先を促すように、セーラに話を振る。 「つまり魔力は個人のもの、魔法はみんなのものってことよ。魔力はその人特有の特徴があるからね、使いまわしは効かないわ。でも既に魔法と成っているのであれば、ミレイユが言ったように起動方法がわかれば誰でも起動は出来る。ただし難点があるのよ」 セーラはそう言って、右手の掌を上に掲げた。そこに小さな光が集まり、白い球体を成す。 「魔力ある人間は魔法を制御する事ができる。制御とは魔法に指向性を与えること。じゃあ暗命石に指向性を持たせず魔法だけを刻んだら?魔力無きものに起動をさせたらどうなるか」 そのとたん、バチンッと玉がセーラの手の上で弾けた。四方八方に光が軌跡を残して消えていく。 「こうなるわけ。制御を失った魔法ほど危険な物はないわ」 微かに掌に残った光を、ふっ、と吹き消すようにセーラは息を掛ける。光の塵はキラキラとひかりながら数瞬後には空に溶けた。 「でも起動キーも刻めるんですよね?」 ミレイユが聞く。しかしセーラは軽く首を振ってみせる。 「そんなの、簡単だわ。言霊でも動作一つでも。早い話、石を手に持ち、石を一定以上の高さに掲げたら・・・・・・とかね」 それじゃまるで爆弾と変わりないわね。その石のあった世界では一体どんな風に利用されたのやら。 「危険なもの・・・・・・って事ですか?」 不安気にミレイユがつぶやく。まぁ彼女が不安になるのも分からなくはないけど。あたしは、少なくともセーラには絶対に危険じゃないと思う。 「ま、便利な物はそれだけ危険をはらむのは仕方の無いことだわ。まぁもっと最悪な使い方もあるし」 「セーラが最悪とまで言う使い方なんて聞く分にはまだしも見たくはないわね〜」 セーラの言う最悪は必ず皆にとっても最悪と決まってるのだ。なにせセーラが言う『このぐらいなら・・・・・・』ってのがあたし達にとってはすでに最悪ラインだし。 「あ、このあたりよ」 あたしは先んじて眼下の森へと高度を落とす。 「確か拾ったのはこのあたりだったんだけど・・・・・・」 深き森の中に、あたし、ミレイユ、セーラの順に降り立つ。 「忘れられた物としてここに来たのなら、こんな欠片だけなんてことはないはずよね」 そうセーラは言うものの、周囲を見回してもそれらしき石が落ちている様子はない。 「ないですね・・・・・・」 「うん、ないね」 森の中とはいえど、あんな珍しい石があれば気が付くというものだ。でもそれらしき物は一つとしてない。 「さて、考えられる可能性は?」 セーラがあたしに聞いた。でも確かここで見つけたものだけれど・・・・・・ 「そーいえば、見つけたのはその一欠片だけだったような・・・・・・ちっこい石だったけど、一つだけぽつんと落ちてたから、持ってかえってアクセサリかなんかに加工しようと思ったんだもん」 セーラの屋敷の方に飛んでいくとき、きらりと何か光ったような気がして、あたしはこの森に降りたんだよね、そういえば。でも墜ちていたのは一欠片だけだった。 「となると、既に誰かが回収したんでしょうか?」 ミレイユが再び周囲を見回す。でも何度も見回したところで結果は変わらない。まだ緑の森には殆ど落ち葉もなく、石ころ一つ落ちていないのがよく分かる。 「もう一つは何らかの既に刻まれていた魔法が発動したか、ね」 セーラはもう一つの可能性も示唆する。 「でも石が消えて無くなったっていうなら、さっきのセーラの説明からするとその魔法は火魔法とか水魔法とかでしょ?」 「そのような痕跡もありませんね・・・・・・やはり誰かが先んじて持ち帰ったのでしょうか?」 事実、火魔法にしても水魔法にしても、現象としてそこにある魔法ならば何らかの痕跡が残るはずだ。焦げ跡や炭化した物、濡れた地面。魔法によってそれは違うけれど・・・・・・ 「じゃあ、モノとしてそこに残る魔法であれば?」 セーラは何か分かったのだろうか?再びあたし達に問う。その様子に疑問を抱いたのは恐らくミレイユも同じなのだろうか、少し考えた後に答える。 「確かに先ほどのマスターの説明では、モノとして残る魔法ならば石は消えないと・・・・・・でもそれならここに何らかのモノが残っていて良いはずですよね?」 「確かにその通りよ、ミレイユ。しかしここにはなにもないわ。石ころが一つもない。暗命石以外の石もね」 セーラの言葉の意味を理解するのに時間は大して必要ではなかった。バキィ、と。そんな生易しい音じゃない。すぐ近くから森の木々の折れる音が連続して聞こえてきたからだ。なにかが、近づいてくるっ!? 「・・・・・・書物によれば、その世界で暗命石は、やはりその特性から軍事利用されていたらしいわ。モノとしての魔法ならば半永久的な稼働と、何らかのスイッチで勝手に誰であれ起動できる―――もとい、起動させてしまう。」 セーラは空を見上げた。それにつられるようにあたしも、ミレイユも上を見上げる。途端、私たちの上に影が落ちた。 「だから軍事利用において一番多く石に刻まれた魔法は、モノとしてある魔法で半永久的な破壊能力を約束されたもの。その場で体を作り上げ、『見える物を破壊する』という指向性のみを与えられた偽りの命を創造する魔法。だからその石は暗命石と呼ばれたそうよ―――ゴーレムの核となる魔法を刻むに最適な石としてね」 ―――そこには石の巨人が佇んでいた。 「ま、まじですかぁ〜・・・・・・」 「・・・・・・今のマスターの話通りならこの状況、私達が襲われることは確定、ですね」 「ミレイユ、そんな状況分析はいらないーっ!!」 石の巨人はその右腕を振り上げた。遥か遠き世界で誰かに与えられた命令を完遂するために。 「ま、当たったら痛そうよね」 のんびりとセーラが言う。 「痛い程度で済んだら素晴らしいことよね・・・・・・」 あたしはそんなセーラにがっくりと肩を落とした。まぁこの女はいつもこうだ。少なくともあたしはセーラが焦っているところを見たことがない。どーしてセーラはそうものんびりなのか、きっとそれがあたしに分かることは一生涯無い気がする。 「レーヴェさん、マスターっ!!」 ミレイユの声が聞こえた時、既にゴーレムの巨腕が目前まで空気を斬り裂いて振り降ろされていた。 |